お土産

 宇宙船の発着ポートに続く扉が開いて現れた見なれた人影に、ルナとチャコは笑顔で駆け寄った。二人に気づいたその長身の人影も笑顔を返す。

「久しぶりね、カオル」
「元気にしとったか」
「ああ。二人の方も元気そうで何よりだ」

 ルナとチャコは地球で環境回復の仕事をしている。カオルは宇宙船のパイロットとして文字通り宇宙中を飛びまわっている。そういう訳で三人が会う機会は少ないのだが、カオルは地球の近くを通る度に、こうして顔を見せに来てくれるのだ。
 三人で並んで居住区に続く通路を歩きながらチャコがカオルを見上げて話しかける。
「なあ、今回の土産はなんや?」
 そう言われたカオルは奇妙な形に眉をゆがめて、視線をさまよわせた。
「どないしたんや」
 その様子にチャコも眉をよせる。
 無口無愛想を絵に描いたようだったカオルも、惑星サヴァイヴでの生活の中で、またそこから帰還してからの付き合いの中で変わった。口数も笑顔の回数も増え、随分と付き合いやすくなった。土産の事にしても、あちこちを飛びまわっているカオルはいつも何かしら気の利いたものを持ってきて、ルナとチャコを喜ばせてくれていた。
 だからこその気軽な問いだったのに、困っているらしいカオルの反応はチャコをとまどわせた。
「今日は忘れてしもたんか? それやったら気にせんでも、次のときに持ってきてくれたらええで」
「ちょっと、チャコ!」
 気のおけない仲間が相手とはいえ、相当不躾なチャコの言葉にルナが口をはさむ。
「カオル、本当に気にしなくていいからね」
 あわてた様子のルナに、カオルは苦笑を返した。
「いや、土産はあるんだ。ただ」
「ただ、なんや」
「ありすぎるというか、その、俺からじゃない土産もあるんだ」
 口ごもりながら、カオルは下げていたかばんを開き、一枚のディスクをとりだした。
「なあに?」
 ルナはそれを受け取り、見ると、ケースに誰かのサインが入っていた。
「うちにも見せてや」
 ぴょんぴょん飛び跳ねるチャコを抱えあげて、ディスクが見やすいように自分の肩に乗せると、カオルはそれを持たせた人物の名前を告げた。

「ハワードからだ」

「ハワード?」
 言われてルナはもう一度ディスクを見る。確かにサインはハワードのものだった。ただ、学生時代に見なれたものより相当気取ったものに変わっていて、一目では気づかなかったのだ。
「この前立ち寄ったコロニーで、たまたま会う機会があってな。お前達がまだあいつの出演作を見ていないと言って、すねていた。それで、それを渡されたんだ」
「ルナに渡すようにってか?」
「ああ。なんでも、最新の出演作が入っているそうだ。なんとかっていう賞もとった自分の代表作の一つだとも言っていた。俺がルナに会うことがあったら必ず渡して見せろと言われていてな」
「へえ、ハワードがね」
 最近来たハワードからのメールを思い出して、ルナはくすくす笑った。次は絶対見るようにと言っていたけれど、こういう手を打っていたとは。
「俺より先にルナに会う機会があれば、自分で渡すと言っていたが」
「それはまずないもんなー」
 チャコがカオルの肩の上でにやりと笑った。
「ところで、うちらは確かに見たことないけど、カオルは見たことあるんか?」
「ああ、一度だけな。試写会のチケットをもらって、パイロット仲間にせがまれて一緒に見に行った。あれでもハワードは結構人気があるんだと、驚いた」
 小さく肩をすくめたカオルに、チャコは目を三日月の形にして、猫なで声を出した。
「女と、か?」
 奇妙な仕草と声色のチャコを横目で見やって、カオルはあっさり答えた。
「女性もいたな」
「も、ってなんや」
「パイロット仲間10人ほどで連れだって行ったからな。女性は7人だったか。ハワードは本当に人気があるぞ」
 動揺のかけらも見せないカオルに、チャコは小さく舌を出した。

 つまらん男になってしもて。

「じゃあ、このディスクに入っている映画は見ていないの?」
 しばらく黙っていたルナが、人気俳優ハワードの直筆サイン入りディスクを指差した。
「ああ、それはまだだ」
「じゃあ、これから私の部屋で、カオルも一緒に見ましょう」
「いいのか?」
「うん。せっかくのハワードの心遣いだしね」
 カオルもちゃんとハワードに報告できるでしょ? と続けたルナの言葉に、チャコがパンと両手を打ち鳴らした。
「それやったら、早速買い出しや!」
「買い出し?」
 首をかしげる二人に、チャコは重々しく腕組みして見せた。
「映画鑑賞といえば、カウチポテトと決まってんねん。地球時代からの伝統やでえ」
「じゃあ、お菓子と飲み物を買いに行こうか」
 何がいいかしらと思案顔のルナに、カオルが笑った。
「それなら、俺からの土産を使うか? 飲むものも食べるものもある」
「さっすがカオルや。気が利いてるわ。ほな、帰ろうか」
「そうね、じゃあ、宇宙一のアクター、ハワード様の映画鑑賞と参りましょうか!」


 ハワード自ら代表作と言った映画は、カオルでも名前を知っている監督の作品で、その映像美には目を見張った。内容はありがちなラブストーリーではあったものの、演出がうまくて、恋人達の愛情の深さも、切なさもよく伝わってきた。登場する俳優達もカオルでも顔を知っている有名ドコロが多く、その卓越した演技力で映画を盛り上げていた。

 そして、ハワード。

 彼の演技は、実に、素晴らしかった。そして輝いていた。彼が今までにとった数々の賞が決して親の七光りばかりによるものではないことを、彼は演技で証明していた。そう、彼は確かに、宇宙一のアクターという自称に見合うだけの俳優になったのだろう。
 だが。
 しかし。
 いや、だからこそというべきか。
 カオルは先ほどからこみあげてくるものをこらえるのに必死だった。目の前で展開する映画はクライマックスに差し掛かり、恋人達が涙の別れを展開している。あと少し、あと少し耐えればいい。
 あと少し、なのだが、もうこれ以上耐えられそうにないと顔をしかめたカオルの視界に、顔を伏せて肩をふるわせるルナがうつった。見ればその横でチャコも顔をゆがめている。
 どうかしたのかと、ルナの肩をたたこうとしたカオルの耳に、ふたりの押し殺した嗚咽のような声が届いた。
 やはり二人は女の子だ。こういうラブストーリーには弱いのだろう。やはりここで台無しにするわけにはいかない。あと少しを耐えてみせようと決意したカオルの前で、

「くっ」
「ふっ」

 二人が、

「あーはっはっはっはっはっはっはっ。あかん、もう耐えられへん!」
「くすくすくす、あははははは。ご、ごめん、カオル。でも、もう我慢できない」

 爆発した。

 目の前で笑い転げる二人に、カオルはしばらくあっけに取られていたが、そのうちさっきこらえていたものが腹の底から沸きあがってきて、
「はっ。ははははははは」
 一緒に笑った。

 三人の大爆笑はしばらく止まらず、笑い疲れた三人がぜいぜいと呼吸を整えるころ、画面にはエンドロールが流れていた……。


「別に、意地悪で見に行かなかったわけじゃないのよ。でも、絶対我慢できなくなると思って」
 笑いすぎて渇ききったのどを潤しながら、ルナが申し訳なさそうに肩をすくめた。
「映画館で爆笑するわけにはいかんからなあ」
 チャコもジュースを手に苦笑する。
「ハワードがどんなに真面目くさった役をやっても、あの星でのパパーって悲鳴思い出したら、笑わずにはおれへんわ」
「ねえ」
 顔を見合わせてうなずきあう二人を前に、カオルも賛同するしかない。カオルにしても、以前パイロット仲間と見に行ったとき、笑いをこらえるのに必死で内容などさっぱり覚えていないのだ。
 笑いすぎて腹が痛いというチャコの言葉を聞きながら、カオルは少しばかり痛む頭を押さえた。かばんの中にはあれと同じディスクが5枚入っている。それは、自分と他の仲間のためのものなのだが、パイロット仲間にでも配った方が、本人のためになるんじゃなかろうかと、カオルは手にしたグラスを飲み干した。

終わり

おまけを読む?
→ カオルナがいいなって人
 私は宇宙一のアクター・ハワード様のファンよって人

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