ギャグ書きさんに無造作に10のお題 8:通行止め (遙か)


 夕ご飯がすんだところで、お風呂に入ってきなさいと三人まとめて食卓から放り出された。
 パジャマやパンツは後でお母さんが持ってきてくれるので、手ぶらでかまわない。いつものように三人一緒に脱衣所に入ろうとしたところで、将臣は先に入った望美に突き飛ばされた。

「ダメー! 将臣くんは入っちゃダメー」

「痛えなあ。なんだよ」
 実際はそう痛くもないのだが、将臣は突き飛ばされた胸をこれみよがしになでさすりながら、不満げに望美をにらみつけた。
 しかし望美の方は引く気がまったくないようだ。腰に手をあてた仁王立ちの体勢で、将臣に負けず劣らず険しい顔でにらみ返す。

「男の子は女の子と一緒にお風呂に入っちゃダメなんだから。将臣くんのエッチ!」
「エッチ!?」

 ついこの間も一緒に入ったところだというのに、いきなり何を言い出すのか。
 わけのわからない望美の豹変ぶりと理不尽な言い分に将臣は眉をつりあげた。
 だが、将臣だってどうしても望美と一緒に入りたいというわけではない。腹は立つがそうまで言われて無理を通そうとは思わない。
 突き飛ばされた不愉快さは残るものの、将臣はわかったよと吐き捨てた。

「俺だって別に女と入りたいなんて思わねーよ」

 そして将臣は望美より先に脱衣所に入り込んでいた弟を差し招いた。
「行こうぜ、譲」
 それまで目を白黒させて二人のやりとりを見守っていた譲は、兄に呼ばれてほっとしたように表情をゆるめた。そうして望美の横をすりぬけて兄の所へ行こうとしたのだが、望美がそれを呼び止めた。
「譲くんは私と一緒に入ろうよ」
「男はダメなんだろ?」
 そう応じたのは将臣だった。とんがったその口調を気にした風もなく、望美は事も無げに答えた。

「だって、譲くんはまだ幼稚園だもの」

 だからいいよと望美は譲の手をとった。
 ね、と顔をのぞき込まれた譲は、望美の顔を見なかった。そうしてしばらく無言でうつむいていたのだが、やがて顔を上げるとぽつりと言った。

「ぼく、おにいちゃんといっしょにはいる」
「だよな」

 勝ち誇ったようにうなずいて、将臣は望美がとったのとは反対の譲の手を引いた。そのまま脱衣所を出た譲は、自分より高い位置にある望美の顔を見上げて、もう一度言った。

「ぼく、おにいちゃんとはいるね」
「うん」

 譲の言葉に望美はうなずいたのだが、その顔はどう見ても寂しいと言っていた。
 あんなことを言いだしてみたものの、いざ一人で入るとなると、急に不安になってしまったようだった。
 そんな望美の顔に将臣はちゃんと気づいたのだが、何も言わなかった。いきなり突き飛ばされたりして、それなりに傷ついていたのだ。
 だから将臣は何も言わずに譲の手を引いて、親たちのいる部屋に戻った。
 望美は口を引き結んで二人の背中を見送った。そして二人がドアの向こうに消えたとき、望美も脱衣所のドアを閉めた。

 

「――あれはね、同じクラスのみーちゃんに笑われたんだよ」

 三人が三人ともそれぞれに傷ついてから何年か経ったある日、望美が明かしたのはそんな真相だった。
 幼稚園の頃は、男女一緒にそれこそパンツ一丁でプールに飛び込んでいたものだが、女の子というのはあっという間に大人になってしまうものらしい。小学校に入ってまで男の子とお風呂に入るなんておかしいと回りの女子に笑われて、急に恥ずかしくなったのだと、そう望美は打ち明けて笑った。

「あーあ。あのときは痛かったなー」
「だからごめんってば」
 わざとらしい大声をあげる将臣に、望美は口をとがらせつつも謝罪する。そうしてすぐにとがらせた口を元に戻すと、いたずらっぽく目を光らせた。
「なんなら、今から一緒に入る?」
「そうするか?」
 同じ光を瞳にたたえて将臣が応じる。

「何馬鹿なこと言ってるんですか! 二人とも!!」

 声が裏返ったのは譲だ。
 普段とは違いすぎるその声に望美と将臣は顔を見合わせると、同時に吹き出した。

「ばーか。冗談に決まってるだろうが」
「ねー」

 そうしてけたけた笑い声を上げる年上二人のカップに、譲は黙ってコーヒーを注ぎ足した。そうした黙ったまま台所へ戻った譲の背には、まだ二人の笑い声が響いていた。

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