ギャグ書きさんに無造作に10のお題 4.タコ (サヴァイヴ)
「うわぁ。それ何?」
「すごーい」
「変な形だけど、食えるのか、それ」
本日のカオルの獲物に、仲間達はにぎやかに集まってきた。
もりの先にささったままの、ふにゃふにゃとしたどこか頼りない物体を珍しそうに取り囲んでは、あれやこれやと感想を述べる。
「これって、もしかして、タコ?」
吸盤のついた長い足を八本と勘定して、ルナが思い当たった名をあげると、チャコがうなずいた。
「そうやな。タコや。ここにもタコはおるんやな」
「へえ、これがタコか。結構小さいんだね」
感心したようにそう言ったのはシンゴだった。
「でも、よく捕まえたね」
カオルが差し出したタコをカゴに入れながら、ベルがカオルに向かって笑いかけると、カオルは軽く首を振った。
「岩の隙間で見つけた」
「タコは狭いところが好きやって言うからな」
「そうなの」
チャコのセリフにうなずきながら、シャアラは珍しそうにカゴの中のタコをのぞき込んだ。
「これは、刺身で食べられそうだね」
一通り観察が終わったところで、ベルがそう評した。
「タコって生で食べられるのか?」
意外そうに声をあげたハワードに、ベルはうなずいてカゴの中のタコを示した。
「これだけ新鮮なら大丈夫だよ」
「そやな。ふつーはタコの刺身っちゅうと、いったん茹でたもんを使ったらしいけど、ほんまに新鮮なやつやったら火を通さんでもちゃんと食えるで」
「ふーん。そうなんだ」
「な、生で食べるのか!?」
続けてチャコが押した太鼓判に、みんな納得しかけたのだが、そこに裏返った声が割り込んだ。
全員でカオルの珍しい獲物を取り囲んでいた中、一人だけ距離をとっていたメノリが、眉をひそめて険しい顔をしている。
「俺も食べたことはないんだけど、歯ごたえとのどごしがなんとも言えないらしいよ」
朗らかにベルは応じたが、メノリの眉間のしわはとれなかった。気味が悪そうに、体を引いて首を振る。
「そんな奇妙なものを、生で食べるなんてダメだ。きちんと加熱するべきだ」
「とれたてピチピチやから大丈夫やって。へんな菌もついてへんで」
無駄に高性能なセンサーで調べ上げたチャコのさらなるお墨付きにも、メノリは表情をゆるめなかった。
「チャコはこれを食べないのだろう? そんな適当なことを言わないでくれ」
「適当って、そんなことないわよ。チャコはちゃんと調べてくれたんだし」
「もともと生で食べられるものだったら、大丈夫なんじゃないのかな」
「うまけりゃいーじゃんか」
ルナやシンゴが言葉を重ねても、メノリはひたすら首を横に振った。
「ダメだ。万一ということがある。ここでは病気になっても、薬もないんだぞ」
メノリの言うことも、もっともだ。だけど、せっかく珍しいものを珍しい形で食べられる機会なのに、なんだかもったいない。
皆の気分が沈みかけたところにカオルが戻ってきた。カオルは、獲物をベルに渡して身軽になったところで、さっさと皆の輪から抜け出していたのだが、その後また出かけていたらしい。その手にはまた何かを持っている。
「なんだよ、カオル。お前どこに行ってたんだ?」
ハワードの問いには答えず、カオルは手にしているものを、ずいっとベルとそしてチャコの前に突きだした。
カオルが差し出したのは何かの植物だった。鼻に飛び込んできた香りに、ベルとチャコは目を丸くした。
「これって」
「わさびやないか!」
刺身という話が出たので、採ってきたようだ。カオルはチャコがそれを受け取ると、無言できびすをかえした。
チャコはそんなカオルにかまわず、それを皆の前に掲げていった。
「わさびには強力な殺菌作用があんねん。これをつけて食べたら、生でもまず大丈夫や」
「そんな安易な・・・・・・」
メノリはそれでも承諾しようとはしなかったのだが、タコに続いて登場した珍しい食材に、仲間の興味と関心は一気に持って行かれてしまった。お刺身って初めてとか、わさびなんてどこにあったのかとか、次々と飛び出す仲間達の声で、数歩以上離れているメノリの言葉はかき消されてしまう。
「わさびってどんな味なんだ?」
興味津々でわさびを見つめるハワードに、チャコはにたりと笑った。
「それは食べてのお楽しみや〜」
「なんだよ、それ」
たちまち憤慨したハワードがチャコにくってかかろうとする前に、ルナがぽんと手を鳴らした。
「じゃあ、ご飯にしようか。せっかくだから、タコはお刺身にするのと、火を通すのと両方試してみましょう。次からはおいしい方で!」
「さんせーい!」
「ちょっと待て! 決定なのか!」
メノリが慌てて制止に入ったが、楽しそうに動き出した仲間達は止まらなかった。
結局その日、メノリはタコを食べなかった。吸盤のぶつぶつがどうにも彼女の美意識にそぐわなかったようだ。これが食べ物だなんて信じられないと、タコを賞味する仲間達を薄気味悪そうに眺めるばかりだった。
しかし、好き嫌いがいつまでも通るほど、今の彼らの食糧事情は豊かなものではなかった。
それに。
「今日はナマコか。大漁だね」
「ウニが食べられるって、よく知っているね」
「それはウツボじゃないか。噛まれたりしなかったかい?」
名漁師カオルの獲物は、日に日に多彩になり、タコくらいで驚いていては何も食べられないなと、メノリが悟るまでにそう時間はかからなかった。
そうして、その後、くねくねと腕が曲がる異星人のロボットに出会い、彼の名がタコと決まっても、何ら動揺しなくなるまでにメノリも成長するのであった。
|