雨の日で10題...2  05. かたつむりと私 (サヴァイヴ)

 ロカA2では毎日の天気は完璧に制御されている。水が貴重だということもあり、雨は降らない。無駄だからだ。花壇など水が必要な場所には散水のための装置が備えられており、雨を必要としない。道路や建物を雨で濡らしたりするのは、意味がないだけではなく、むしろそれらが傷んでしまうので、雨など降らないに越したことはない。

 ロカA2育ちのシャアラは、だから雨が降るとなんとなくわくわくした。雨の降る景色は、シャアラにとって未知の世界。何かとても素敵なものが隠れているんじゃないかと、そう思えるのだ。
 もっともここに流れ着いた当初は、雨を珍しがっている余裕などなかった。雨が降れば全ての仕事が滞る。歩くだけで汚れるし、濡れても着替えはない。雨が降ればみんな恨めしげに空を眺めるのが常だった。
 それも今では事情が違う。みんなのいえが完成してからは、雨が降ってもしのげる場所がちゃんとあるし、食料にも余裕があるので一日くらい外に出られなくても問題ない。食料探しは中止となり、畑の水やりもしなくていいのだからむしろ仕事が減るため、雨もたまになら歓迎されている。シャアラが雨に心を躍らせても、咎められるようなことはなかった。

 雨が降ると、近頃のシャアラは大いなる木の葉の裏をのぞきこんだり、草をかき分けたり、結構忙しかった。びしょぬれになるのは困るので、外を長くうろついたりはしないが、大いなる木の下をぐるぐる回ったりはする。
 何がそんなに気になるのかと、ルナが声をかけるとシャアラは土の上に視線を走らせながら言った。
「かたつむりはいないのかなって思って」
「かたつむり?」
 つられてルナも視線を落とすと、シャアラはルナを見ないままでうなずいた。
「そう。雨を扱った絵本で見たことがあるの。絵本でしか見たことがないから、本物を見てみたいなって」
「かたつむりかあ」
 ルナもその名前は知っている。けれどやっぱり見たことはなかった。渦巻き状のからを背負った、やわらかい体をした小さな生き物。それはルナの記憶の中でも、雨と共に描かれていたような気がする。
「この島にいるかどうかはわからないんだけど、ひょっとしたらいるんじゃないかって、雨が降るとつい探してしまうのよ」
「いるなら私も見てみたいなあ」
「でしょう?」
 ルナとシャアラは顔を見合わせてうなずくと、今度は二人で草をかき分け始めた。

 けれどかたつむりは見つからないまま、幾日も過ぎた。色々なことが立て続けに起こり、シャアラもかたつむりを気にしている余裕はなくなっていった。
 かたつむりのいないことを残念に思わなくなってから何度目かの雨が上がったある日、シャアラは土の上に不思議な光るすじを見つけた。光っているのは、土ではなく、土の上にある何かのようだった。まじまじと見つめると、どことなくぬるっとした液体が土にかかっているのが見えた。それはどこからか伸びてきて、どこかへ続いていた。電車のレールのように、ほぼまっすぐに走っているその正体はわからなかったが、不気味な感じはしなかったので、シャアラはなんとなくそれが続いている方向へ目を走らせた。
「何かしら?」
 それは森の奥へ消えていた。いったい何なのか見当もつかずシャアラが首を傾げていると、チャコがやってきた。そうしてシャアラが見つけた光るすじをしばらく見つめると、チャコはおもむろに口を開いた。

「シャアラ、かたつむり見つかるかもしれん」
「本当?」

 思いがけない言葉にシャアラは目を丸くした。まさかこんなものが、かたつむりに関係あるなんて。
「これをたどっていったら、もしかして」
 チャコはうなりながら、さらにすじを見据え、やがて言った。
「多分、こっちや」
 チャコの指さす方向へシャアラとチャコは並んで足を進めた。途中でチャコが軽い調子で、まあかたつむりやったら危険はないやろなどとつぶやくのを、シャアラは怪訝に思った。もちろんかたつむりに危険などないだろう。あんな小さくて可愛らしい生き物が危険だなんてことがあるだろうか。
 数分歩いたところでチャコがあれやと声を上げ、指で前方を指さした。その指がチャコの身長よりずいぶん高いところを指しているので、かたつむりは木の上にでもいるのだろうと、シャアラはその方向へ視線を巡らせた。そしてチャコと同じ物をシャアラの瞳がとらえた。
 刹那、

「キャー!!!!」

 辺りの木の葉を吹き飛ばす勢いで、シャアラの悲鳴が盛大に響き渡った。
「やっぱり東の森ではかたつむりもでかいんやなあ」
 あのすじがうちの体より太かったから、でかいやろうとは思っとったけど、実際に見ると迫力やなあ。感心したように腕を組んで、そう論評するチャコの隣で、シャアラは失神寸前だった。

 その日以来、シャアラがかたつむりを探す姿は見られなくなったそうだ。

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