「大陸へ行く」
ルナがそう言い出したとき、カオルは賛同できなかった。
カオルの知識、経験、そして現在の状況。そのどれもが即座に「不可能」だという答えをはじきだす。
これが駄目なら次はあれと、すぐに新しい道を見つけるルナには感心するが、今度ばかりはカオルもその道を切り開く手助けはできそうになかった。
船を造ろうというルナの提案にも、ポルトさんを初めとして積極的に理解を示す者はいなかった。
「とりあえずは生活の基盤を立て直して、どうするかはそれから決めよう」
「……わかったわ」
メノリがまとめた結論にルナはうなだれた。意気消沈するその姿にカオルの胸は痛んだが、結局カオルは何を言うこともできなかった。
全てはまた明日からだと皆で部屋に戻っても、カオルはそのまま休む気にはなれなかった。ポルトさんにベッドを譲り自分は床に寝るつもりでいるらしいベルに、自分のベッドを使えと言い置いて、カオルは夜の森へと出かけた。向かう先は昼間皆で調べ尽くした遺跡に転がる輸送船。いや、かつて輸送船だった残骸のあるところだ。
みんなのいえから東の森にあるその場所までそれなりの距離があるのだが、カオルにとっては遠い道行きではない。苦もなくたどり着き、月光の元鈍く光る焼けこげた船体に手をはわせる。
カオルが宇宙飛行士の訓練学校で学んだのは、何も宇宙船の操縦技術だけではない。パイロットたるもの、自分が操縦する機体の基本構造や推進器と駆動機関の原理くらい知っていなければ話にならない。緊急事態にはパイロットが自分で船体の修理をしなければならない場合もある。専門のメカニックには及ばなくとも、カオルにも宇宙船そのものに関する知識とそれを扱う技術は充分ある。
だからわかるのだ。わかってしまうのだ。この船はもう飛ばないのだと。
激しい炎に包まれていた船体から今伝わってくるのは熱ではなく、深く吸い込まれてしまいそうなほどの冷気。あちこちはがれ、めくれあがった壁からは、奇妙にゆがみ折れ曲がった部品の一部が顔を出している。
カオルは船体に沿わせていた手を強く握りしめた。ぎり、と鈍く奥歯が鳴った。
万に一つの可能性にかけて、皆で船と遺跡を調べた。例え損傷がひどくとも、両方の無事な機関を合わせれば何とかなるのではないかと、煤と灰にまみれながら全てを見て回った。
けれど、調べれば調べるほど、燃え上がる船を一目見たときの印象が確かなものとなっただけだった。
もう、動かないのだと。
手の施しようがないほどに、全て壊れてしまったのだと。
奥歯をかみしめたまま、カオルは目を閉じた。
静かな夜だった。辺りに残る焼けた匂いがきっと動物や虫たちを警戒させているのだ。ここにはカオルしかいない。風もなく、葉ずれの音すら聞こえてこない。
完璧な静寂の中、月の光に浮かび上がるかつて宇宙船だったものは、どこまでも冷たかった。全ての命を拒むかのように音もなく光の中で暗く沈む。目を閉じても脳裏に焼き付いてしまったその姿がカオルの胸を深く刺し貫いた。
確かに一度は飛んだのに。カオルの手で空へ浮かび上がったのに。
その時の操縦桿の感触が手に残っている。二度と握らないと心に決めたはずのそれは、浮かび上がる船の中でカオルの心を高揚させた。脱獄囚が迫っているのにそれどころではないとそんな自分をおかしく思いながらも、高鳴る鼓動を止めることはできなかったあの時。
翼を、取り戻したと思ったのに。
どれほど寄り添っても、もうこれに熱が宿ることはないのだ。
「――っ!」
たまらなくなって、カオルは煤だらけの船体に拳をたたきつけた。
ガン、と暗い森に響いたその音は、悲しいほどうつろだった。