第二十三話 光の中に

「もしかしたら、オレは、無意識のうちに手をゆるめて――」
 カオルは握りしめた両手を地面にたたき付けた。続いてこぼれたしずくがその拳をぬらす。
「――っく」
 固く結ばれた口からそれでも漏れてくる声が、小刻みに揺れる肩が、痛々しくて見ていられないと思ったときには手が伸びていた。うなだれ、フードと髪に隠れた顔を胸の中に引き寄せる。
 カオルは逆らわなかった。
 その肩が自分の腕の中に収まってしまったことにルナは驚いた。
 この惑星に流れ着いてから、いつだってみんなを守ってくれたカオル。食料の調達も道具の製作も彼はなんでも器用にこなした。一人で出かけても必ず無事に戻ってくる彼を、みんなで頼りにしていたのだけれど。
 仲間の生活を支えてくれていたその肩はこんなにも細かったのか。
 改めて認識したその事実にルナは唇をかんだ。こぼれる涙と一緒にカオルが溶けていってしまいそうで、背中に回した腕に力をこめる。
 ルナの腕の中でカオルは顔を伏せたまま体を震わせ続けた。途切れ途切れの嗚咽が耳に届くたびに、それはルナの胸をもえぐった。
 泣いてもいいのに。
 止まらない涙。あふれるそれがカオルの頬を伝っては落ちる様子を感じながら、けれどルナの胸に浮かんだのはそんな思いだった。
 きつくきつく、握った両手、閉じたまぶた、かみしめている口元。嗚咽ですら押し殺したものであることが、無性に悲しかったのだ。
 これだけ涙を流しても、まだカオルは一人で耐えている。例えこのまま一晩中泣き続けたとしても、カオルの心が軽くなることはないだろう。隣で燃えているたき火の熱も、寄り添っている自分のぬくもりも、きっとカオルの心には届いていない。
 ふと、カオルに夢を託したという少年のことがルナの頭に浮かんだ。
 今のカオルの姿を、その少年もきっと喜んだりはしないだろうに。彼はカオルに辛い思いをさせるために、手を放したのではないはずだ。――ルナの父がそうであったように。
 震えの止まらない肩を、ルナはいっそう強くひきよせた。二人でいるのに、たまらないほど寂しかった。
 泣いてもいいのに。
 もっと思い切り泣いてもいいのに。
 けれど思いを伝える言葉が見つからない。壊れそうな細い肩を、ただ抱きしめることしかできない自分が、ルナははがゆくてしかたがなかった。
 泣きたいときは、泣いてもいいのに。
 胸の中で祈るように繰り返すルナの瞳がたき火の炎を映した。瞳の中の炎が一際明るく輝いたのは、そこに満ちる透明なしずくがあったからだ。
 しかしルナの瞳に浮かんだそれが、彼女の頬を濡らすことはついに無かった。

終わり

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