第四十九話  このままだとこの星が…

「た、たすかったぁ〜」
 ハワードが情けない声を上げながら崩れ落ちた。そのまま床にだらしない姿勢でへたりこむ。
 マグマの中で故障したエレベーターからなんとか皆無事で生還した。最後まで残っていたタコとカオルもあわやというところで助かった。
 全員でが生き残ったことに安堵したのは皆同じだ。だから、ほっと息をついたところで肩の力が抜けたのはわかる。だが、そのまま立ち上がることもできなくなるとは、いくらなんでもふがいなさすぎるのではないか。
 ベルに腕をとられてもまだまともな姿勢を保てずにいるハワードに、しっかりしろと、そう言いかけて、ぐらりと私の視界が傾いだ。
 あのマグマに近いシャフトの中で立ち往生した時間がどれほどであったのか、正直なところ私には見当がつかない。あまりの熱さに頭がぼうっとして、しだいに思考がまともに働かなくなっていったからだ。だがそれは、私の身体を弱らせるには充分な時間であったらしい。先ほどハワードを軟弱者扱いしておきながらなんともいいざまだが、私もまた自力で立てなくなっていたのだ。
 ひざに力が入らず頭から後ろに倒れ込む。天井が視界に入ったところで、このままだと頭を打つことになるなと、どこかまぬけな思考が巡る。こういう状況では、人は身体を動かすことができない代わりに、思考が速く回るらしい。私の醜態に驚いたのか、口と目を見開いたシャアラとルナの顔が見えた。床は固いから怪我をするかもしれない。あまり大げさな怪我にならなければいいのだが。
 けれど、覚悟した瞬間は訪れなかった。
 横合いから差し出された腕が私の背中を受けとめ、痛みではなく柔らかい衝撃に私は何度か瞬いた。
「大丈夫か?」
 ごく近い位置から発せられた、低く小さな声にもう一度瞬く。気遣わしげな表情がその声から察せられて、私はすぐに応えることができなかった。
 うつむいたいまま、その手に助けられて姿勢を正している私に、ルナとシャアラが駆け寄ってきた。
「メノリ、大丈夫?」
「顔色が悪いわ」
「ああ、すまない。すこしくらっとしただけだ」
 軽く笑みを作りながら二人に返事をすると、身体も気持ちもようやく落ち着いてきた。まだ手を貸していてくれる救い主にも、私は頭を下げて礼を述べる。
「ありがとう、カオル。おかげで助かった」
「いや」
 カオルは短くそう言って首を振った。気にするなということらしい。
 そうしてカオルは私の背に添えていた手を放した。私はすでに一人で立っていたし、それは当然のことだ。私自身、もう助けは必要ないと思った。
 しかし、歩き出そうとした瞬間、私の身体が今度は前に倒れた。後ろから腕をつかまれて、勢いのついていた首ががくんと揺れる。今度もなんとか転倒はまぬがれた。
「すまない」
 体を起こしながら首を後ろに巡らせ、一度目と同じ救い主に再び礼を述べる。
「もう大丈夫だ」
 そう言ってみたが、カオルは私の腕をつかんだまま、眉を寄せた。
「カオル、メノリをお願い」
 隣でそんなことを言ったルナの声に私の肩が跳ねたが、カオルは静かにうなずいた。
「いや、しかし」
 いくらなんでも全く歩けないことはない。辞退するつもりで口を開きかけたのだが、カオルは黙ったまま私の左腕をとり、自分の肩に乗せた。
「無理はしないほうがいい」
 二度も転倒しかければ信用がないのも仕方がない。身体のゆらぎがなくなるまで私は大人しくその言葉に従うことにした。前を見ている横顔に、もう一度礼を述べる。
「すまない。世話をかける」
「気にするな」
 視線だけこちらに流したカオルの返事は、やはり短いものだった。
 カオルに支えられたまま私も前を見ると、ベルにおぶわれたハワードの背中が目に入った。
 そのなんとも情けない姿に苦笑が漏れるが、今回ばかりは奴を一方的に叱りつけることは私にはできない。
 けれど、一刻も早く回復して一人で立たなければというようなあせりは生まれてこなかった。
 カオルの肩を借りたまま、私はゆっくりと足を進めた。

終わり

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