第三十九話 どうしてそんなものが

「そんなことするのか!?」
 すっとんきょうな声をあげたメノリが少しばかり渋ったものの、シャアラ作、チャコ演出、「お花の園の妖精」の上演は決定した。

「…というお話なのよ」
 脚本家のシャアラによる説明の後、演出家チャコはテーブルの上に飛び乗り、腕組みをして胸を張った。
「そやから、登場人物は、『お花の好きな少女』、『お花の園の妖精』、『悪者』っちゅうことになる。まずは、配役を決めなな」
 そう告げられた役者達は一瞬顔を見合わせる。最初にベルが口を開いた。
「俺が悪者をやるよ」
「ええんか? 悪役やで?」
 気をつかってそう言ってくれるチャコに、ベルは笑ってうなずいた。
「うん、面白そうな役だし。それに、体の大きい俺が悪役をやる方がいいだろう?」
 確かにそれは演出家にとって有難い申し出な訳で。
「ほな、お願いするわ」
 ベルの肩をたたくような仕種をチャコがみせると、今度はハワードが胸をはった。
「じゃあ、僕が妖精役だな」
「大丈夫か? ヒーローなんやから、カッコ良くないとあかんねんで?」
「どういう意味だよ。僕にぴったりの役じゃないか」
「どうやろな」
 大げさに肩をすくめるチャコに、ハワードは思いきり口をとがらせる。そんな二人の間にシャアラが入った。
「まあまあチャコ。せっかくやる気になってくれてるんだから。じゃあ、お願いね、ハワード」
「まかせておけ」
 ハワードがどんと胸をたたき、自信満々で請け負った。
「ちょっと待て! じゃあ私がお花の好きな少女なのか?」
 まとまりかけた話に、大いに異議をとなえたのはメノリだった。
「そうや。唯一の女役やし」
 腰に両手をあてて、当然だと自分を見上げる姿勢のチャコに、メノリは、なおも食い下がった。
「シャアラがやればいいじゃないか」
「あかんあかん。シャアラは原作者やし、ナレーションちゅう大事な仕事がある。ここはメノリに頼みたいんやけどな」
「お願いよ、メノリ」
 もう決定だとふんぞりかえるチャコと、両手をあわせるシャアラ。
 二人に言いたい事はまだあったのだが、劇に出ることを承諾したのは他ならぬ自分。ここは協力するより仕方あるまいと、メノリはしぶしぶうなずいた。あるいは「毒を食らわば皿まで」という言葉が頭に浮かんだのかもしれない。


 上演まで時間がない。配役決定の後は早速立ち稽古となった。ベルとハワードは見せ場の殺陣の練習。チャコの指示をうけながら剣を合わせている。そして一番セリフの多いメノリはシャアラとセリフ合わせとなったのだが。

「な、なんてきれいな花、いやお花…。あ、あっちに、にも。こっちにも」
「だ、だれか助けてくれ、じゃなくて、助けて下さい。花、お、お花ささんがー」

 さすがはメノリというべきか。シャアラが伝えたセリフを一から十まで把握してしまうのは早かった。
 けれど。

「飛んでいる。私は飛んでいる」

 シャアラは片手をほおにあてて首をひねった。かろうじてため息はこらえたが、頭が痛い。
 セリフは完璧に覚えてくれたのだが、普段の口調と違いすぎるのがどうにもやりにくいらしく、どんなにひいきめにみても、可憐な少女とは言い難い。本人もそれはわかっているようで、一所懸命練習を重ねてくれているのだけれども。
 間に合うかしら…。
 頑張ってくれているだけにまさか下手だとも言えず、シャアラが困っていると、剣の稽古にあきたらしいハワードが口を出した。
「なんだなんだ、全然ダメじゃないか」
 両手を天にむけて、首を大きく左右に振る。
「さっきから見てたけど、なってないねえ。お花の好きなかわいいかわいい女の子なんだぞ」
 そうして胸の前で両手をくんで内股になり、しなをつくって腰を振る。
「まあ、なんてきれいなのかしら。ここはどこ? お花の国〜?」
 普段よりニ、三段高い声で、歌うようにさっき聞きかじったセリフを適当に言ってみせた。
「とまあ、こんな感じだね。主役なんだからもっとちゃーんとやってくれよ」
 さらり、と金髪をかきあげながらそう言い放ったハワードに、しばらくは黙って聞いていたメノリもかみついた。
「お前の方こそ、なんだその剣さばきは! さっきから見ていたが、全然なっていないじゃないか!」
 そしてハワードが立てかけておいた剣を拾って構える。
「姿勢は正しく! お前のようなへっぴり腰で剣が扱えるか!」
 そのままベルにむかって剣をふるう。
「腕だけで剣を振るな! 相手の剣はこうさばくんだ!」
 あわてて応戦したベルの剣をはね飛ばす。そして颯爽とハワードに向き直った。
「ヒーローをやるんだったら、これくらいはしてもらわないとな」
 ぴしっと音がなりそうなほど美しい姿勢から見下ろすようにそう言われ、今度はハワードが沸騰した。
 
「だったらお前がやればいいじゃないか!」
「そっちこそ、お前がやればいいだろう!」

「せやな」
 ぽんとチャコが膝をうった。
「そうねえ」
 シャアラもぽんと両手をあわせた。
「じゃあ、それでいこうか」
 剣を拾ったベルもうなずいてそれに同意する。
 それじゃあ改めて練習開始という三人に、慌てたのがハワードだった。
「待てよ、僕に女役をやれっていうのか?」
「いけないかしら。とっても上手だったし」
「そ、そりゃあ、僕がやった方が、メノリよりずっと上手いだろうけどさ……」
 上手という言葉にハワードの心が少しほぐれたが、まだ少し抵抗があるらしい。それを見てチャコがとどめをさした。
「なんといっても少女は主役や! 一番上手いやつにやってもらわんとな」
「…そうか。そうだよな。主役だもんなあ。それは僕がやらなくちゃな!」
「じゃあ、改めてお願いね。ハワード」
 ハワードはすっかり上機嫌で役柄交代を承諾し、シャアラにセリフを教わり始めた。
「メノリは、それでいいのかい?」
 ハワードの様子に苦笑しながらベルが尋ねると、メノリからも苦笑が返ってきた。
「この役の方が、私にはやりやすそうだからな」


 今度はスムーズに稽古が進み、最後にもう一度通してみようかというころ、料理係を仰せつかっていたシンゴとアダムが顔を出した。
「料理の方はほとんどできたよ。あとはシャアラにちょっと見てもらいたいんだけど」
 そういってシャアラを探した視線の先に、ハワードを見つけてシンゴは口を開けた。
「何、ハワード。その格好」
「何って、劇の衣装さ。似合うだろ?」
 そう言ってスカートをひらひらさせながら、一回転してみせたハワードに、アダムが駆け寄った。
「ハワード、すごく可愛いよ」
「そうだろう。やっぱりアダムにはわかるんだよな。この僕のスターの輝きってのが」
「スターねえ」
 あきれ顔でメガネを直すシンゴに、チャコが声をかけた。
「ちょうどよかったわ。シンゴとアダムにも頼みたいことあんねん」
「頼みたいこと?」
「劇のクライマックスでの重要な仕事や。頼まれてくれるか?」
「へえ、面白そうだね」
「ボクやるー!」
 アダムが明るく手をあげた。
「じゃあ、最後に全部通してみましょう」


 かくして、シャアラ作、チャコ演出、主演ハワード、「お花の園の妖精」初演の幕が開く。

終わり

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