第二十八話 これもみんなのため

 何組目かの挑戦がまた失敗に終わったことをコンピューターが告げた。

 シミュレーションシステムから出てきた奴らの顔は、それまでの組と同様にひどく青ざめていた。
 自分たちより前に挑戦する組の様子は控え室の大きなモニターで見られるようになっている。別に後の組のこともここに戻ってくれば見られるのだが、訓練を終えた後で戻ってくる者はいなかった。
 まあ、あんな目に遭えば無理もない。そうは思いながらも、ふがいない同期生の様子が忌々しくて舌打ちをこらえていたオレに、ルイが声をかけてきた。
「ね、カオル。あのハイジャック役の人、ずいぶん苛立ってきたと思わないか?」
 オレは特に言葉を返さなかった。しかしルイはそれを肯定ととったらしく、そのまま話を続けた。
「最初の方はわりと会話していたけど、もうほとんどしゃべらないね。すぐに撃ってくる」
 それはオレも思っていたことだった。おそらく最初の内はオレたちで遊んでやろうと思うだけの余裕があったのだ。だが、何度も何度も繰り返される同じような状況にいいかげんうんざりしてきたのだろう。もうまともに相手をする気がないのはどう見ても明らかだった。
 無理もない。見ているだけのオレでもうんざりしていたのだ。どの組も判で押したように同じようなことしかしない。その上まともにしゃべれないほど震えているとなれば、馬鹿馬鹿しくてやっていられないのは当然だ。
 武装している犯罪者が相手とはいえ、武装はお互い様だ。そもそも、何のために他の組の様子が見られるモニターが用意されていると思っているのか。それなのにそのどちらをも、活かすことができないとは。
 こんな奴らが自分の同期生で、今後も候補生の枠を争っていく相手なのかと、オレは苦々しい気分でモニターをにらみつけていた。
 やはり何も言わないオレを、ルイはいつものように気にしなかった。にっこりと笑顔を浮かべて、だからねと言った。
「こういうのはどうかな?」

 シミュレーションシステムにつながれると、宇宙船の中で人質となった乗客数人を背にレーザーガンを手にした男の姿が見えた。男は中肉中背で黒い髪をしていたが、それにあまり意味はない。コンピューターに登録された映像の中で、今回使われているのがそれだったというだけのことだ。オレとルイの姿もそのまま相手に見えているわけではない。
 ただ、表情は可能な限り投影される。オレが怯えた顔をすれば相手には怯えた顔が見えるというわけだ。
 男は無表情だった。前の組にはやたらすごんでみせたり冷笑を浮かべるようなこともしていたが、もはや顔を作ることすら面倒になっているらしい。
「じゃあ、カオル、よろしく」
 オレの後ろに立ったルイがそう言って背中をたたいた直後、訓練の開始を告げるブザーが鳴った。
「そちらの要求を聞こう」
 ブザーとほぼ同時にオレは口を開いた。ハイジャック役の男の正面に立ち、その顔を真っ直ぐに見据える。
「こちらの要求は一つだ、人質を解放しろ!」
 船内一杯に声が響き渡るように言い放つ。
 男が軽く目を見張り、面白いと言うようにその口の端があがった。
 と、同時にルイがオレの背後から跳び上がった。すかさず姿勢を低くしたオレの頭上を越えながら、男に向かってレーザーガンを撃つ。
 男はそれをかわした。そしてかわしながらも、着地するルイに銃口を向ける。
 その銃をたたき落としたのは、オレが投げた電磁ナイフだった。
 男の視線がオレに向く。その隙にルイは再び跳躍し、今度は男の頭上を越えて乗客の前に降りる。
 男がルイを捕らえる前に、オレのレーザーガンの照準が男に合った。威嚇のために避けられることを承知で一発撃つ。
 やはりかわされたが、その隙に着地したルイもレーザーガンを男に向ける。
 宇宙船の奥から、人質となっていた乗客、ルイ、ハイジャック役の男、そしてオレの順で並ぶ形になり、オレとルイのレーザーガンが男を挟んで向かい合う。
 『動くな』
 オレとルイの声が重なった。

 ミッションコンプリートを告げるコンピューターの音声と共に、視界が切り替わる。
 シミュレーションシステムを出ると、ルイが駆け寄ってきた。
「カオル、やったね!」
 ルイは高くあげた手のひらをオレの方へ向けて笑った。

 ……その時オレは、ルイの手に応えなかった。


「じゃあ、これで決まりだな」
「どう? カオル」
「問題ない」
 ハワードを助ける作戦を皆で打ち合わせ、ルナの問いに答えたオレの緊張は高まっていた。
 ハワードと引き替えに姿勢制御装置を寄越せと言ってきた脱獄囚の一人は、あの時のハイジャック役の男に間違いない。最初の通信の時には確信が持てなかったが、妙な真似をするなと言ったこちらを馬鹿にしたような調子が、あの時モニターを通して聞こえていたものと同じだ。
 一度勝った相手だと言えばそうなるが、今の状況であの時の勝利に意味はない。
 あの時は相手が油断してくれていた。スタートと同時に声を張り上げたオレの言葉にあいつが興味を示さず、すぐさまオレの胸を打ち抜いていたらそれで終わりだった。それに仮想現実の宇宙船内だからとれた作戦でもある。あれが現実なら人質や宇宙船の壁を打ち抜くかもしれないのに、あんなレーザーガンの使い方はできない。
 今回はあいつもそう気は抜かないだろう。子供相手にまだ本気は出さないだろうが、姿勢制御装置がどうしても必要なのは向こうも同じだ。
 それに今度は仮想ではない本物の現実だ。あの時は別に勝てなくてもよかった。今は違う。絶対に負けるわけにはいかないのだ。
「うまくいくかしら」
「大丈夫だ。きっと成功する」
 不安をこぼすシャアラにベルが応えている。
「あとはチームワークじゃな」
 ポルトさんの言葉にオレは胸の内でうなずいた。
 そうだ。きっと大丈夫だ。みんなで行くのだから。

 ルイ、あの時オレはお前の手に応えなかった。
 応えればよかったと、今なら思う。
 高く上げた手をぱちんと音を立てて合わせて、笑えばよかった。
 あの勝利は、オレとお前でやり遂げたものだったのだから。運が良かったからこその、成功だったが、それでも決してオレ一人のものではなかったのだから。
 オレがルイの手をとったのは、結局一度だけだった。 
 最終試験で、急激に気圧が下がる船の中で、必死に手を伸ばしたあの時だけだ。
 ルイは何度も機会をくれたのに、結局あれが最初で、そして最後になってしまった。 

 弓を手にしてみんなと一緒に遺跡を出る。
 全員で顔を合わせてうなずき、滝へ向かって歩き出す。
 ハワードは必ず助け出す。そしてみんなのことも守ってみせる。

 ルイ、オレはもう間違えない。
 だから。

 今度も力を貸してくれ。

終わり

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