第二十七話 しぶとい奴ら

 フェアリーレイクの片隅で釣り糸をたらしたハワードがぼやいた。
「ぜんっぜん釣れないじゃないか。魚なんていないんじゃないのか?」
 隣で同じようにしているメノリがそんなハワードにうんざりとした視線をむけた。
「おまえには忍耐力というものがないのか。さっき始めたばかりじゃないか」
「いーや。もう充分待ったね。ここは場所が悪いんだ」
 ほほをふくらませてぶすっとした声でさらにぼやく。
 メノリはもう答えようとはしなかったが、顔がひきつるのは止められなかった。ここに来てからハワードとこんな会話を交わしたのはいったい何度目だろうか。
 まったくこいつは成長という言葉を知らないのか。
 ぱしゃん。
 少し離れたところから聞こえた水音に、二人は同時に視線を向けた。
 ちょうどもりを手にしたカオルが魚をしとめたところだった。もりの先でもがいている魚は結構大きい。
 それを見たハワードが飛び上がって歓声をあげた。
「見ろよ! あそこなら魚がいるんじゃないか!」
 そうして釣り竿を手にカオルのいる場所に駆けていく。
「待て! ハワード!」
 慌ててメノリもその後を追った。カオルの食料調達の腕はみんながあてにしているのだ。ハワードに邪魔をさせるわけにはいかない。
「カオル、僕もここで釣るぞ」
 胸をそらしてそう宣言したハワードにカオルはちらりと視線を向けると短く答えた。
「好きにしろ」
 そうして今日の獲物を手に歩き出す。
「おい、お前はもう捕らないのかよ」
 ハワードの呼びかけに答えず、カオルはその場所から離れていった。
 ハワードを追ってきたメノリはカオルとすれ違ったが、カオルを黙って見送った。ハワードが邪魔をすることは結局止められなかったが、カオルならハワードに場所を譲ったところでなんとかするだろう。
 それよりハワードに釘をさしておかなければ。
「ハワード。ハワード……? どうした」
 お説教をするときの口調でハワードの名を呼んだメノリは、すぐに眉をよせて不思議そうに問いかけた。魚の釣れる場所を確保したはずのハワードがやたらまじまじと水面をのぞきこんでいたからだ。
「どうしたのだ」
 側まで行くとハワードが首をひねりながらメノリの顔を見た。
「なあ、メノリ。魚、見えるか?」
 ハワードの指が差す方、さっきまでカオルが魚を捕っていた湖面にメノリも視線を向ける。
「……いや」
 ハワードと同じ様にまじまじと水面を見やって数瞬の後、メノリは首をふった。
 ここはフェアリーレイクでもわりと深い場所のようだった。二人が釣りをしていた所より濃い色をした水は、近くの木が作る影も重なって暗く沈み、水中の様子がよくわからない。
 時折黒い影が動くような気もするが、それが魚だろうか。それとも風にゆれる木の影が動いているのだろうか。
「あいつ、どうやって魚捕ったんだ…?」
 もっともなハワードの疑問に、メノリは返す答えを持たなかった。

続く

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