湖畔にヴァイオリンの音色が響く。
食料探しや畑仕事など生活に追われる毎日の中で、メノリにとって一番心の安らぐひとときだった。
音楽にひかれてアダムが顔を出した。メノリの側にひざをまげた格好で腰を下ろす。ひざの上にひじをつき、両手の上に顔をのせ、音にあわせて顔を揺らしながらメノリの演奏を楽しんでいる。
傍らにちょこんと座ってにこにことしているアダムに気づくと、メノリは演奏を止めた。
そうして、どうかしたのかと不思議そうに自分を見上げてくるアダムの前にひざをつき、メノリはヴァイオリンをアダムに差し出した。
「弾いてみるか?」
「え! いいの?」
驚いたアダムはすぐには手を出せない。メノリがこのヴァイオリンを誰にも触らせないくらい大事にしているのは、みんな知っているし、アダムも無断で触って叱られたことは記憶に新しかった。
手を出したり引っ込めたりしながら、メノリの顔をヴァイオリンとを交互に見ているアダムに、メノリはヴァイオリンをさらに深く差し出した。
「弾いてみたいんだろう?」
アダムはためらいがちにうなずいた。
「大事に、扱ってくれるだろう?」
今度ははっきりとうなずいたアダムに、メノリはヴァイオリンを手渡した。
「ヴァイオリンはこう持つ。弓はこう」
教わった通りに構え、アダムは弓をおそるおそる動かした。
ギギィーとさび付いたような耳障りな音が飛び出す。
メノリのものとはかけはなれたその音に、アダムは不満げに眉をよせた。その表情にメノリは声をあげて笑う。
「すぐには無理だ。私だってまともに音が出せるようになるまで、ずいぶんかかったんだぞ?」
「本当?」
「ああ」
その言葉にアダムは安心たように笑って、もう一度弓を弦にのせた。
「力が入りすぎだ。もう少し肩の力をぬけ」
メノリの指導をうけながら何度も弓をすべらせるうちに、ふと高く澄んだ音が響いた。
「わあ」
アダムが歓声をあげて、メノリに笑顔を向ける。そんなアダムにメノリはしっかりとうなずいてみせた。
そんな個人レッスンが何度も重ねられ、少しだけ音のはずれたキラキラ星がこの惑星に響くのは、もう少し後のことになる。