第十九話 コノコヲ…タノム…

「オレが殺したんだ」
 低いつぶやきはそれでもわたしの耳に届いた。
 カオルがわたしの横をすりぬけてみんなのいえへと戻っていく。
 けれどわたしはその後を追うことも振りかえることもできなかった。

 数日後カオルと一緒に食料集めに言ってくれと言われて、わたしはうなずくことができなかった。カオルもそんなわたしに何も言おうとはせず一人で行ってしまった。
 いぶかしがって何があったのかと尋ねたルナにわたしは何があったのか全部話した。
「きっと何か深いわけがあるのよ」
「うん」
 ルナの言葉にはうなずきはしたけれど、それでわたしの気分が晴れたわけではなかった。
 カオルのことをわたしはほとんど知らない。同じ学園で同じクラスだったけれど係わりなんてなかった。たまに目に入る姿はいつも一人で、変わった人だなと思っていた程度だった。
 だけどこの星に来てからは、カオルと一緒に行動する機会も多くて、少しはカオルがどんな人なのかわかってきたつもりだった。
 ここでもカオルの口数はやっぱり少ないし一人でいる時間も多かったけれど、みんなで協力する仕事にはちゃんと参加していた。わたしやルナが危ない目にあったときに助けてくれたこともある。同じ仕事の担当になったときも話しかければ答えてくれたし、見かけほど冷たい人じゃないってことがわかってきたつもりだった。
 だからわたしもカオルの言葉を真に受けているわけじゃなかった。カオルが人殺しだなんて。あんなふうにカオルが言ったのには、ルナも言ったように深いわけがあるんだってそれくらいわたしにだってわかってる。
 でもカオルと一緒に行動するのは怖かった。
 カオルのことが怖いわけじゃないけれど。
 カオルと何を話せばいいのか全然わからない。
 あの時みんなのいえへ帰っていくカオルはとても厳しい雰囲気で、わたしはそれ以上声をかけることができなかった。その時カオルから感じたのは怒りじゃなくて拒絶だった。
 わたしの言葉の何がいけなかったのかはわからない。あのカードの子と何があったのかもわからない。わたしにわかるのは、何かとても辛いことがあったのだろうということくらいだ。
 けれどそれがなんなのか尋ねることはできそうになかった。
 そしてその事を尋ねることが出来ない以上、カオルと何を話せばいいのかわからない。わたしが何かを言って、カオルがそれを聞いてくれるとも思えない。
 カオルと一緒に行動することは出来そうになかった。

 それから冬が来て、食料もどんどん乏しくなっていった。
 扉につけられた窓から見える吹き荒れる雪に不安になる。
 食料を探しに行って帰ってこないカオルを探しに行ったルナもまた帰ってこない。
 探しに出るというベルとチャコをメノリが止めた。二重遭難の恐れがあるというメノリの言葉は間違っていないから、心配で心配で苦しかったけれど待つことしかわたし達にはできない。 
 ふぶきは一晩中おさまらなかった。
 一睡もできずにいたわたし達は待ちかねた朝が来ると同時に飛び出した。ふぶきは朝の光とともにようやく収まったけれど結局二人は帰ってこなかった。
 二人の名前を呼びながら雪の上を駆けていく。
 しばらく行ったがけの上に二人の姿が見えて、みんなで歓声をあげた。
 よかった無事だった。
 わたしは運動が苦手なほうだけれど、今日は自分でもびっくりするぐらい速く走れた。二人に向かって駆け寄りルナに向かって飛びつく。
「ルナ、無事でよかった。心配したのよ」
「ごめんごめん。シャアラのお弁当のおかげで助かったわ。ありがとう」
 ルナの笑顔に安心して涙がこぼれる。
「ルナー心配してんでー!」
 歩幅の分だけ遅れてきたチャコがルナに飛びついてルナの胸に頬をすりよせた。
「本当にごめんね」
 ルナのそばをチャコにゆずって涙をぬぐっているとカオルと目があった。
「あ、あの」
 何か言おうとして何を言えばいいのか困っていると、カオルの方が先に口を開いた。
「あの時はすまなかった」
 唐突な短い言葉。だけどあの時がどの時なのかはすぐにわかった。
 わたしは驚いてすぐに答えることができなかった。だから先に首を振り、それから口を動かした。
「ううん。わたしの方こそごめんなさい」
 するとカオルの目が細まって、とても穏やかに笑った。
 その表情がとても明るいことにわたしはまた驚いたけれど、今度はすぐに笑顔を返すことができた。
 一晩中ふぶきの中にいたのにカオルはとてもすっきりした顔をしている。
「アダム、チャコ、ちょっと待ってって」
 明るい声に視線をむけると、ルナにアダムとチャコがぶらさがるようになっていて、ルナがバランスを崩してふらふらしていた。
 そんなルナがおかしくて思わず笑ってしまう。そしてふとカオルを見上げると、カオルもまたルナをみて笑っていた。
 その口元がとても優しい形をしていて、わたしはなんだかとてもうれしくなった。
 きっとルナが何かを言ってくれたんだ。
 よかったと思った。本当によかった、と。
 二人が無事でよかった。カオルが笑ってくれてよかった。
 やっぱりルナはすごいなと、見上げた空はとても澄んだ色をしていた。

終わり

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