第十八話 これが東の森!?

 ひゅっ。
 風をきって飛んだ投げ縄が的にからむ。
 思い通りの結果を得られたカオルは満足げにうなずいた。
 投げ縄を回収するために的へと歩き出したカオルの背から明るい声がした。
「さすが。カオルはすごいわね」
 投げ縄を取り外してから振り返ると、ルナが笑顔で立っていた。
「ね、私もやってみて、いいかな?」
「ああ」
 カオルはルナに投げ縄を手渡した。
「えーい!」
 気合い一発。ルナは思いっきり力をこめて投げ縄を的へと放り投げた。
 が、しかし。
 ルナの投げた縄はてんであさっての方向に落ちた。しかもほとんど飛んでいない。
「結構難しいのね」
 照れ笑いをしながら縄を拾うとルナはもう一度投げた。
 またほぼ足元に落ちる。
「駄目かあ」
 ルナは肩をすくめてまた縄を拾った。
 この縄を投げるのに、実はほとんど力はいらない。遠心力を利用して飛ばすからだ。縄の先に結んだ石の重さと回転を利用すれば簡単に飛ばすことが出来る。
 ルナは投げるときにもっと力を抜いて、あとは縄から手を放すタイミングを調整すればいい。ルナの後ろで見ていたカオルにはそれがわかった。
「ねえ、カオル。もう一度投げてみてくれない?」
 ルナから縄を受け取り、カオルが投げる。縄は的に巻き付いた。
「すごーい」
 ルナが歓声をあげて手をたたく。
「どうしたら私にも飛ばせるのかなあ」
 的に向けていた視線を振り返らせ、首をかしげて尋ねてくるルナに、カオルは眉をよせた。
 どう説明すればいいものだろう。
「まず、力をぬけ」
「うん、うん」
「手を放すのが早すぎる」
「そうなの?」
 うなずいたカオルを見て、ルナは腕まくりをして気合いを入れ直し、的にむかった。
「えーい!」
 カオルのアドバイスに従ってもう一度投げる。
 さっきよりは飛んだ。しかし的とは全然違う方向に飛んでいった縄に、ルナはくやしそうにため息をついた。
「どこが悪いのかなあ」
 縄を放すタイミングだ。
 カオルにはよくわかるのだが、それをルナにうまく説明する言葉が出てこない。ため息こそつかないものの、ルナの後ろで立ちつくす。
 首をかしげるルナと、黙って立つカオル。
「どうしたんだい、二人とも」
 そんな二人の背から穏やかな声がした。
「ベル」
 ルナはベルに向かって縄をかかげると苦笑いをした。
「うまく投げられなくて」
「それ?」
「うん」
 うなずいてルナはベルの前で縄を投げてみせた。
 やはり、そこそこ飛ぶものの的にあたるには全然飛距離が足らない。方向も相変わらずあさってを向いている。
「カオルは上手なのよ」
 ルナは口をとがらせながら縄を拾ってカオルに渡す。
 カオルもそれをベルの前で投げてみせる。カオルの手をはなれた縄は見事に的に巻き付く。
「ね?」
 それを見るとルナはくやしそうにとも、得意げにともとれる笑顔でベルを見上げた。
「ルナ、もう一回投げてみてくれるかい?」
 ベルは的から縄をはずすとルナにそう言って渡した。
「いいわよ」
 ベルから受け取った縄をもう一度投げる。どうしても的に届かない。
「はあ」
 肩を落とすルナの背中をベルはぽんとたたいた。
「縄を放すタイミングが悪いんだと思うよ。もう少し遅くてもいいんじゃないかな」
「そうなの?」
「うん。ルナの手が石より前に出ちゃってるからね。ルナの力で投げるんじゃなくて、石が勝手に飛んでいくようなイメージで投げてごらん?」
「よーし」
 ベルのアドバイスを受けて、ルナは力こぶを作るように両手をあげ、また気合いを入れ直した。そして的に向かって縄を飛ばす。
「わあ!」
 自分の投げた縄の軌跡にルナは顔を輝かせて両手を打ち鳴らした。
 的にはからみつかなかったものの、飛距離は充分、方向もほとんどあっている。
「ね?」
「うん!」
 顔を見合わせてルナとベルが明るく笑った。
 それから何度か練習を重ねると、ルナの投げ縄の腕は充分上達し、何回かに一度はしっかり的にからみつくようになった。
「やったあ」
 ルナが手をうちならして飛び跳ねる。はしゃぐルナと微笑むベル。そんな二人の様子を見てカオルはうなずいた。
 さすがはルナだ。短時間でここまで投げ縄を使いこなすとは器用なものだ。
 それにベルもすごい。カオルとルナの投げる様子を見ただけで、的確な助言ができるのだから。
 もう一度うなずくと、カオルは二人を置いてみんなのいえへと戻っていった。
 ひとしきりはしゃいだ後で、ルナはカオルがいないことに気がついた。
「あれ、カオルは?」
「帰ったよ」
「帰った?」
 ベルがうなずくと、ルナはみんなのいえの方へ視線をむけた。
「怒ったのかな?」
 練習を邪魔した上に、無視したような状況になってしまった。
「まさか」
 顔を曇らせたルナの心配をベルは軽く笑い飛ばした。
「カオルはそんなことで怒ったりしないよ。ルナが上手に投げられるようになったから、もういいんだって思っただけだよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
 ベルが力強くうなずいてくれるので、ルナも安心して笑った。
「ベルって、カオルのことよくわかっているのね」
「そうかな? そうだといいんだけど」
 照れたように笑うベルを見上げて、ルナももう一度笑う。
 カオルとベルの二人にたくさんの感謝と、少しの羨望の気持ちをこめて。

終わり

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