第十二話 みんなのいえ

「頼みがあるんだ」
 ベルがそう言うと、カオルは竹を切っていた手を止めてベルの顔を見上げた。
「シャワー室作りをカオルにも手伝ってほしいんだ。それで、その……」
 話の途中で目を伏せて口ごもったベルをカオルは視線で促した。しかしそれ以上せかそうとはしない。自分を待ってくれているカオルの前で、ベルは少しの間ためらっていたが、やがて視線は落としたまま続きを話し出した。
「ハワードのことなんだけど、カオルから一言言ってもらえないかと思って。俺に指図するのはいいんだけど、仕事もさぼりがちだし……。カオルの言うことなら少しはきくと思うんだ」
 ベルの言葉が終わってもカオルは無言のままベルの顔を見続けた。そして何も言わないまま竹を切る作業を再開した。
 カオルの動かすノコギリの音を聞きながらベルは肩を落とした。カオルが冷たいとは思わない。カオルの反応はむしろ当然のものだ。そもそもなんとかしようと思うなら、カオルに頼むのではなく自分がまず動くべきなのだということは、ベルにもわかっていた。
 だけど。
 肩の落ちた腕の先で無意識にこぶしをにぎる。「こうすべきだ」というその通りに動けるなら悩みはない。またその通りに動けない自分を情けなく思うこともない。
 顔を伏せ唇をかむ。
 と、いきなり目の前に竹が差し出されてベルは思わず一歩下がった。視界をふさぐ緑の筒を数えると三本もある。ベルが動けずにいる間にカオルの仕事は順調に進んでいたようだ。それなりに時間も過ぎていたらしく、辺りもずいぶん明るくなっていた。
「カオル?」
 自分に向けられた竹をどうとればいいのか、とまどうばかりのベルにカオルが短く言った。
「シャワー室に使うといい」
 そしてベルの手にそれを押しつける。切られた竹は長く、いいかげんには持てない。ベルは竹の重みにふらつき、あわててバランスをとった。
「ありがとう、カオル」
 礼を言いながら見ると、カオルはすでに次の竹にとりかかっていた。
 やはりシャワー室作りは手伝わないということなのだろう。それでもこの協力は嬉しく思った。この場所に来て初めてベルの顔がゆるむ。
「じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」
 もう一度礼を言って、みんなのいえへと体を向けたベルをカオルが呼び止めた。
「ベル」
「え?」
 振り向くとカオルは手を止めてベルを見ていた。
「オレに言えるなら、やつにも言えるだろう」
 そうしてまたノコギリを動かす。竹林に響くノコギリの音の中でベルはしばらく立ちつくした。それがカオルの励ましだということが体に浸み透るにつれてベルの顔に笑顔が広がる。
「ありがとう、カオル」
 三度目の礼は竹に対してのものではない。竹を担いで戻るベルの顔は伏せられてはいなかった。

終わり

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