第十話 家をつくろう

「そんな言い方せんでもええやろ」
 チャコの非難に私は視線をそらした。
 私は間違ったことは言っていない。現にルナも謝ったではないか。
 しかし。
「リーダーとして最低だぞ」
 ルナに向けた言葉が自分の胸を刺す。
 ルナがリーダーとして最低なら、お前はどうなのだ。メノリ=ヴィスコンティ。

 翌日から家造りの作業が始まった。シンゴはシャトルの部品の中から使えそうな物を探し出してきた。カオルがのこぎりを持って森へと入る。ベルがその後を追っていった。丈夫な丸太とツルを探すのだと。ルナ達はシンゴの見つけた部品を使って滑車をつけると言う。
 その中で私の気分は晴れなかった。指の先一つ動かすのも億劫なほどに体も重い。みなそれぞれルナの、家を造るという提案に従って動いているが、私は何をしようともせずにいた。何をしていいのかもわからない。
「じゃあ、火は僕が責任を持って」
 ハワードのさぼろうとする意図がすけるどころか丸見えの発言は、やはり通らず、ルナはハワードに食料係を言い渡した。そしてルナは私にも釣り竿を渡した。
 よろしくというルナの明るい笑顔がうらめしい。どう考えても魚釣りは私に向いた仕事とは思えなかった。

「なんで僕がこんなことしなくちゃならないんだ」
 一応釣り竿を握りながらハワードが隣で言う。白い頬をふくらませたまま、ぶつぶつと文句をたれる。あぐらをかいたつま先はせわしなく動き、落ち着かないその様子は見苦しい。
 いつもの私なら小言の一つも言うか、怒鳴りつけるかするのだろうが、私は動かぬ浮きだけを眺め続けた。
 ハワードの様子に腹が立たないわけではない。釣り場へ向かう途中も、釣り場に腰を下ろしてからも、ずっとハワードの口は動き続け、私のいらだちもつのるばかりだ。しかし、どうしてこんなことをという気分は私も同じであったし、何よりハワードを叱りつければ何かしら口答えがあるのは確実だ。ハワードとそんな言い争いをするのがもう面倒だった。
「ああもう、ぜんっぜん釣れないじゃないか。もうやめだやめだ! 場所を変えるぞ!」
 かんしゃくを起こして肩をいからせながら、ハワードが勢いよく立ち上がる。そうして地団駄を踏み、体の向きを変えた拍子に。
「う、うわあぁあ!」
 派手な水しぶきを上げて、足を滑らせたハワードが水の中に落っこちた。
「た、助けてくれ!!」
 勢いよく両手をばたばたさせながら情けない声を上げる。いつかも見たそんな光景に私はため息をついた。どうしてこいつはこうも面倒を引き起こすのだ。
 魚は多いがこの場所は浅い。本人は気づいていないようだが尻餅をついたハワードの胸ほどもない。放っておいても問題はないと黙って見ていると、ハワードがようやく我に返った。
「あれ、浅い?」
 つぶやいて立ち上がる。おぼれたくてもおぼれられそうにはない位置までしか水がないのを見ると、あちこちから水をしたたらせながらあがってきた。
「メノリ! なんで黙って見てるんだよ!」
 答えるのも馬鹿馬鹿しい。私はハワードを一瞥しただけで、水面に目をやった。さっきまでいた魚の姿がまったくない。あれだけ騒げば当たり前だ。
 さすがに何か言ってやるべきかと、ハワードに視線を戻すと、そのハワードは体のあちこちをかきむしるようにして妙なダンスを踊っていた。
「何を……」
 やっているんだと言いかけた私の目の前で、ハワードが今度は笑い出した。
「うひゃひゃひゃ、く、くすぐったい」
 甲高い声で悲鳴とも笑声ともつかない言葉をあげながら、ハワードが上着を脱ぎ、服の裾をまくると、そこから魚が飛び出した。
 あんまりな光景に口を開けて見ていると、ズボンの裾からも、脱いだ上着の下からも出てきた。
「大きいな」
 思わず感想を述べると、どうやら全部出尽くしたらしい。踊りと笑いの止まったハワードが得意げに胸を張った。
「僕が捕まえたんだぞ。あれもこれも全部計算のうちさ」
 そしてあちこちに散らばっている魚を集めにかかる。
 マンガじゃあるまいしと脱力感に襲われながら、結局動かなかった自分の浮きが胸に重い。どんなに馬鹿馬鹿しい状況でも、ハワードは一応自分の役目を果たした。それに引き替え私はどうだ。魚釣りに向かないとは思ったが、向かないからと言って何もしないことが許される状況に自分たちはいない。
 リーダーとして皆を導き、正しい方向へ統率する。
 その立場から降りた自分が、ではこの状況でどうすればいいのか、何が出来るのか、私にはわからなかった。
「いいか、これは僕が釣ったんだからな」
 あくまで釣ったのだから、さっきの醜態のことは黙っていろとそう言いたいのだろう。魚をまとめ終えたハワードがうるさい。このまま無視していれば、きっといつまでも言い続けるのだろう。嫌々ながら私は重い口を開いて、一言だけ返す。
「わかっている」
 それはお前の手柄だ。手ぶらの私に何も言う資格はありはしない。
 服が乾くと、口笛混じりに上機嫌でハワードはみんなのいえへと歩き出した。
 その後を追いながら、私の目の前は暗い。リーダーでない自分に価値があるのか。私にはわからなかった。

終わり

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