なぞなぞ遊び

 今日の収穫を倉庫の棚に置き、男子部屋に入った所でカオルは足を止めた。
 自分以外の全員が先に戻っているのはいつものことだが、そろそろ寝る時間だというのに今日はずいぶんと賑やかだったからだ。
「次は? 次はなあに?」
 ベッドに腰掛けて、床に届かない足をぶらぶらさせながらアダムが何かを催促している。その相手はアダムと向かい合わせに、やはりベッドに座ったシンゴだった。
「次? そうだなあ」
 大きな目をきらきらさせて期待しているアダムに、シンゴはにこにこしながら優しく答えている。
「あ、カオル。おかえり」
 入り口で突っ立っていると、壁際に立っていたベルが言葉をかけてくれた。
「何をしているんだ?」
 隣に立って尋ねると、ベルはシンゴとアダムの方を見ながら目を細めて答えた。
「なぞなぞだよ」
「なぞなぞ?」
「うん。みんなで問題を出し合っているんだ」
 まあ、答えるのはほとんどアダムなんだけどねというベルの答えに、カオルもアダムの方へ視線をやると、ちょうどシンゴが問題を出したところだった。
「空で生まれて地面に落ちたら見えなくなるもの、なーんだ?」
「うーんと、えーと。……雨?」
「正解! アダムはかしこいなあ」
「ねえ、次!」
 小さい子供はみなそういうものなのか、それはカオルにはわからないことだったが、アダムは何か面白いことをみつけるとなかなか飽きない。単純なことでも何度も何度も繰り返す。
 今夜はなぞなぞが気に入ったようだ。アダムの様子からして、おそらくもういくつもなぞを解いたのだろう。そしてまだまだ飽きる様子はない。
 そんなアダムの相手をしているシンゴは、それでも嫌な顔一つせず次の問題を考えている。弟と妹がいるせいか、シンゴは面倒見が良く、よくこうしてアダムの遊びにつきあっていた。
 小柄な二人が明るい笑い声をあげているのは、なかなかに微笑ましい光景だったが、そこに乱入してきたのは体だけは二人より大きいハワードだった。
「よーし。じゃあ今度は僕が問題を出してやるよ」
「ハワードが?」
 素直なアダムは歓迎するように両手を上げたが、シンゴは横目でハワードを軽くにらんだ。
「ちゃんとした問題出せるんだろうね?」
「もちろんさ。いくぞ」
 ハワードのかけ声にシンゴも多少真剣な面持ちとなった。もしわからなかったらハワードに馬鹿にされると思っているのかもしれない。アダムにはいつも優しいシンゴだが、ハワードとは何かと衝突することも多い。
 その原因はたいがいハワードにあるのだが。
「さめたら絶対に飲めない飲み物。これなーんだ!」
 意気揚々とハワードが出題したのは、そんな問題だった。
「さめたら絶対飲めない飲み物?」
 シンゴの語尾が不自然にあがる。アダムも首を傾げて眉を寄せた。
「わかるか〜?」
 にひひと腹の立つ笑いをうかべながら、ハワードは腰に手をあてて胸をはった。
「難しいね。なんだろう」
 カオルの隣でベルも首をひねる。カオルにも見当がつかない。そもそもカオルはこういう遊びに縁がなかったので、考え方のこつがわからない。なぞなぞという遊びの存在は知っていても、実際にそれで遊んだことがないのだ。
 みんなが口をつぐんでいるので、ハワードは非常に満足げに笑った。
「こんなのもわからないなんて、情けないねえ」
 そんな余計な事まで言う。
「ハワード、降参するよ。答えはなに?」
 アダムの降参宣言をシンゴは止めなかった。ハワードはベルやカオルの所にまで挑戦的な視線を投げてきたが、二人にもわからないので非常に不本意ながら負けを認めて答えを待つしかなかった。
「答えは、夢の中のコーヒーさ!!」
「夢の中のコーヒー!?」
 得意げに鼻を上向かせたハワードが発表した答えは、しかしシンゴを納得させることはできないようだった。
「何だよ、それ。そんなのずるいよ!」
「何がずるいんだよ。ちゃんとしたなぞなぞだろ? 夢から『さめたら』飲めないんだから」
「屁理屈だよ」
「負け惜しみはみっともないぞー」
 かみつくシンゴにハワードは横目でひらひらと手を振って応じた。シンゴの顔はもう真っ赤だ。
 二人の言い争いを前に、ベルが苦笑した。
「確かにそうかもしれないけど、別にコーヒーじゃなくてもいいよね」
「……そうだな」
 短くそう答えたが、実のところカオルにはよくわからない。なぞなぞとは例えや同音異義語などを駆使した言葉遊びだということはわかるが、どこまで許容されてどこからが卑怯なのか、微妙な線の引き方までは判断がつかない。
 ハワードのなぞなぞは答えが一つに限定されないということが良くないのだろうか。
 悩んでいると、声をかけられた。
「カオル、おかえりなさい」
 シンゴとハワードの小競り合いが終わらないので、所在が無くなったらしい。アダムは二人の前まで来てカオルにおかえりの挨拶をすると、そのままカオルの手をとった。
「ねえ、カオルもなぞなぞしようよ」
「オレが?」
 カオルが軽く目を見張ると、アダムはカオルの手を引きながらうなずいた。
「だって、あとはカオルだけだもん」
 救いを求めるようにカオルが隣のベルへ目をやると、ベルはわかってくれたようでアダムの頭に手を置くと、腰を落としてアダムの顔をのぞき込んだ。
「アダム、俺の問題じゃだめかな?」
「いいよ! 出して!」
 アダムの視線がカオルからはずれた。カオルはほっと息をつきながら二人を見守る。
「足がないのに走り、口がないのにうなるものってなーんだ?」
「ええ? 足がないのに走れるのー?」
 今度も難しいらしく、カオルの手をとったままのアダムが眉を寄せた。
「難しいかな?」
「うーん。ヒントは?」
 しばらくうなっていたが、アダムはやはりわからなかったようだ。実はカオルもわからない。
「ヒントかい? そうだね。それはぶつかっても目には見えないよ」
「見えないの!?」
 ベルがくれたヒントにアダムは目を丸くして、ますます首をかしげた。そうしてアダムはつないだままだったカオルの手をひっぱって、今度はカオルに助けを求めてきた。
「ねえ、カオル。わかる?」
 自分にお鉢が回ってきたことにカオルはとまどったが、それでもなんとか口を開いた。ベルのヒントはカオルには効果があったのだ。
「風、か?」
「正解」
 ベルが微笑んでうなずくとアダムが歓声をあげた。
「すごーい。すごいね、カオル」
 アダムの賞賛にカオルの表情がゆるんだ。なぞなぞの面白さはよくわからないが、楽しそうなアダムの様子に悪い気はしなかったのだ。
「ねえ、カオル。次は問題出して!」
 アダムはまだまだ飽きないようだ。またもカオルに新しいなぞを要求する。
 今度もカオルは困ったのだが、しかしベルを見ることはしなかった。アダムと視線を合わせたまま頭の中で他の三人が出した問題を検討し、なぞなぞというものを考える。
 何をやっているんだろうな、オレは。
 そんなふうに思いながらも、やはり悪い気はしなかった。
 そうしてアダムの期待に応えるべく、カオルは口を開いた。
「だんだん減って無くなってしまっても、まだ少しずつ増えて元の形に戻るものとは、何だ?」

終わり

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