思い出と今 (サヴァイヴ メノリ)

 誕生日には必ずバイオリンを弾いた。そのときは母がピアノで伴奏してくれた。そうして父の前で一年でどれだけ上達したのかを披露したのだ。
 どんなものを贈られるより、忙しい両親が自分のために時間を割いて傍にいてくれるそれが何よりも嬉しかった。

 そこまで話すと、それまで神妙な顔をして聞いていた男が唐突に立ち上がり、今はもうメノリよりも大きくなった手のひらで胸をたたいた。

「じゃあ今年は、ぼくが伴奏を務めよう」

 断っても断っても言い出したらきかないのはいつものことだ。終いには面倒になったメノリの方が負けるのもいつものことだ。
 父親の前で弾くことだけはあきらめさせて、メノリはバイオリンを構えた。その姿を確認して満足そうに微笑むと、男はおもむろに鍵盤をたたいた。

 懸念していたとおり、伴奏の出来はメノリの腹筋に過大な負担をかけた。どうにか一曲弾き終えた直後は、しばらく座り込んで立てなかったくらいだ。
 しかし、メノリは男の伴奏を受け入れたことを後悔しなかった。
 少なくとも愉快な思い出にはなった、というのがその理由だそうだ。

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