君を想う (サヴァイヴ メノリ)

「今日は私の誕生日なんだ」
 そう口にしたことに意味はなかった。確認のため取り出した搭乗チケットの日付に、ふと思い出しただけだった。
「そうか」
 だからメノリは、目の前に座った男が、自分より一拍遅くコーヒーを飲み干した後でこぼした気のない反応に、落胆したりはしなかった。
「忘れていた」
 軽く微笑んで付け加えると、男は黙ってうなずいた。
 多分こいつも自分の誕生日は忘れるくちだなと思いながら、メノリは伝票を取り上げた。

 カフェを出て男と別れる。
 この後二人が乗る船は同じだ。それなのに同行しなかったのは仲たがいをしたからではない。乗る機体は同じでも、二人が使う入り口が違う。メノリは乗客用で、彼が使うのは乗員用だ。あの男が操縦する船にこれからメノリは乗る。
 宇宙船というものが庶民にとっても身近な乗り物となってから、もう1世紀以上が経過するのに、乗船手続きはなかなか簡単にならない。メノリが船に乗れたのは、男と別れてずいぶん経ってからのことだった。当然、あの男はもう乗っているはずだ。

 チケットの座席番号と照合しながら通路を歩く。自分の座席を見つけたと思ったところで、メノリは目を見開いた。
 その視線が止まったのは、座席の番号札ではなく、座席の上だった。そこに、およそこの場にあるとは思えないものがあった。

 一輪の花。そして小さなメッセージカード。

 思わず、チケットの座席番号を確かめる。そこは、間違いなくメノリの席だった。
「今日はお客様の誕生日だとうかがいましたので」
 かけられた声に振り返ると、客室乗務員が礼儀正しく微笑んでいた。その穏やかな笑みにメノリの落ち着きも戻る。
 ありがとうと微笑み返して花とカードを取り上げ、メノリはようやく自分の席に着いた。

 カードには「お誕生日おめでとう」と短い一言が印刷されている。おそらく、この船で使用されているものなのだろう。字体がかわいらしいことを思えば、子供用なのかもしれない。
 差出人の署名はなかったが、メノリはただあいつらしいと納得した。
 そうして花に視線を移す。それはちょうど咲きぞめの白バラだった。密閉された空間を意識してか、芳香は控えめだったが、それがメノリの好みによくあった。

 朴念仁だとばかり思っていたのに、なかなか粋なことをする。

 花びらに口付けて、メノリは淡く微笑んだ。

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