ギャグ書きさんに無造作に10のお題 1 課題曲熱唱
宇宙開発の盛んな時代、宇宙船のパイロットを養成する学校はそれなりにある。
その中でも最難関と言われる学校では、しかし、パイロットとは関係のない授業や試験がたびたび行われていた。その目的は、名門にふさわしい愛校心を育てること。そしてその一環として行われる授業の中には、やや古風なものがあった。
校歌独唱である。
この学校で学んでいるのだという誇りと自覚を持たせるのに、これほど適した課題もあるまい。何しろ、この試験が行われる頃にはすでに、生徒の数は数十名にまで減っている。ここまで残っていなければ、校歌を歌う資格すら与えられないのだ。やっとここまでこれたという実感と喜びを味わわせるための、いわばこれはご褒美でもあった。
とはいえ、5番まである全ての歌詞を諳んじて、なおかつアカペラで音を外さずに完璧に歌い上げなければ合格できないという基準は、ここまで残ったエリート達をもってしてもそうとう厳しいものだった。ご褒美であっても甘さは非常に控えめなところが、この訓練学校が最難関と呼ばれるゆえんというものなのであろうか。
何人も何人も落ち続け、いまだ一人の合格者もでないというところで、ルイの番が来た。
彼は、入学当初から現在まで首席の座を独占している。
きっと今度も、彼が最初の合格者になるのだろうと、落ちた者もこれから落ちるであろう者も、一様に反発とあきらめとそして期待の混ざったまなざしで、彼が教官の前に立つのを見守った。
ルイが大きく息を吸い、そして口を開けた。
透き通った高音が教室内に響く。普段話しているときとは、まったく発声が違う。細身のルイの体からよくぞここまでというたっぷりとした声量が、皆を圧倒した。だが、それでいてその声は空へ伸びた。まるで重さを感じない伸びやかな音が、まっすぐに上を目指していく。
若竹が伸びる様を目の当たりにするような、その清々しさに、教官までもが一瞬、時を忘れた。
の、だが。
「キボウノソラヲツナギユクツヨキキズナヲムネニダキイザ……」
その歌は悲しいほどにまっすぐだった。
さすがは首席。歌詞については一字一句間違いがなかったのだが、音程があまりにまっすぐすぎた。
天使のような透明な歌声に感嘆したその後で、聴衆は愕然とひざを折った。
当然ながら不合格。
ルイでも駄目なのかと、試験に臨む残りの生徒達が肩を落とすその中にあって、人知れずカオルだけがぐっと拳を握りしめた。
勝った!
今度こそ勝った!と、彼は確信した。
声の質は、正直なところ比べものにはならない。カオルは歌に興味がなかったので、発声の練習などしたことはないし、していたとしてもあの声には敵わないだろう。その点カオルは冷静だった。
しかし、声は試験の合格基準にはない。歌手のように聴衆を感心あるいは感動させる必要はないのだ。普通に歌えばいい。自分の歌は、少なくともあんな一本調子ではない。歌詞はもちろん完璧に覚えてきたのだから、それで充分合格できるはずだ。
……歌はもちろん宇宙船のパイロットに必要な技術ではない。今後、最終選抜に残っていけるかどうかということに、この試験の結果は関わってこない。
要するに、ここで勝ったかどうかということは、パイロットとしての優劣にまったく関わりがないのだが、そのあたりのことをカオルはこの際気にしないことにした。
なんでもいい。勝てばいいのだ。勝てば。
それほどまでにカオルは勝利の味に飢えていた。
カオルの番になった。自信満々で教官の前に立つ。
大きく息を吸って、口を開け、自信満々に朗々と歌い上げる。
声量は、意外なことに、ルイにも引けを取らなかった。普段、ほとんど口をきかないカオルでも、ここまで大きな声が出せるのかと、教官までもが驚いた。生徒の中には、初めてカオルの声を聞いたというものもいたくらいだ。
そして、カオルが自負したように、その歌声は平坦なものではなかった。ルイのように音程のないまっすぐなだけの歌ではなかった。それは豊かな声量と相まって、強烈に空間を刺激した。
「ホゲ〜〜〜〜」
カオルの歌が終わったとき、立っていられた者は少なかった。
その少ない勇者のうちの一人に、やはりというかルイがいたのだが、彼はカオルが歌い終えるや否や、カオルに笑顔でかけよってこう言った。
「すごいね、カオル。ジャイアンみたいだったよ」
ジャイアンが何なのか、カオルは知らなかった。
だが、カオルはその意味を聞こうとはしなかった。ルイの笑顔に一瞥を加えただけで、合否を聞かずにきびすをかえし教室を出た。実のところルイは、心からの称賛をこめてそう評したのだったが、ルイの真意などカオルにとってはどうでもいいことだった。
そうしてその日、カオルは初めて一番をとった。ルイは二番だった。
ただし、もちろん、下から数えての順位である。
「ねえ、カオル。世の中には努力じゃどうしようもないことって、あるんだね」
練習したんだけどなと、残念そうに頭をかきながら、しかしそれでもどこか朗らかにルイは語り、カオルはその横でただ震える拳を握りしめていた。
天は二物を与えず。
普段の二人を見ていたら、そんなのは嘘だとしか思えない言葉ではあるが、やっぱり与えた分はどっかで引いているんだなと、他の生徒達はうなずきあったということだ。
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