でも、すき

 つるが折れた。
 あかりは出来上がった作品をそっとテーブルの上に置くと、嬉しそうに目を細めた。

 最近のあかりは折り紙に夢中だ。お母さんや幼稚園の先生に色々な折り方を習っては、自分一人で練習をくり返す。
 何を折っても楽しかったが、あかりが一番たくさん折るのはつるだった。
 なぜならつるは難しいからだ。折り方の手順もさることながら、細いくちばしとしっぽがなかなか綺麗に尖らない。羽根の形も思い通りに仕上げようとすれば骨が折れる。何羽も何羽も折ったけれど、あかりが気に入ったつるはこれまで一羽もなかった。
 けれど今折りあげたこれはちがう。くちばしはすらりと尖り、しっぽもぴんとたっている。羽根も両方の大きさがきれいにそろった。その翼を手で丸みを帯びるようにしならせると、そのつるは今にも羽ばたきだしそうなほど、堂々として見えた。
 初めてこんなに綺麗に折れた。
 何度も挑戦してやっと満足のいく出来を手にすることができた。あかりはとってもご機嫌だった。
 そうだ、ヒカルに見せよう。
 飽きもせずにずっと自分の作品に見とれていたあかりは、ふとそんなことを思いついた。
 あかりが折り紙に興味を示したとき、ヒカルもしばらくは一緒に挑戦していた。けれどヒカルの方はすぐに飽きて放り出した。紙の端と端をちゃんと合わせて折るということが出来なくて、嫌になったようだ。つるの折り方も、実はあかりと一緒に習ったのだが、ヒカルの方は綺麗に折るどころかまったく覚えられず、結局ヒカルが仕上げたつるは一羽もなかった。
「あかりにだってできるわけないだろ!」
 そんなことを言ってすねてしまったヒカルに、このつるを見せよう。あかりがこんなに綺麗なつるを折れることを知ったら、ヒカルもやる気になるかもしれない。あかりにできたんだから、きっとヒカルだって。
 そうしたら一緒にたくさんのつるを折ろう。ヒカルが頑張るなら、あかりが大事にとってある折り紙を使わせてあげてもいい。あの折り紙はあかりの好きな色だから、大事に残してあるのだけれど、ヒカルが頑張るならごほうびにあげてもいい。

 そうして一緒にたくさんのつるを折ろう。

 せっかくあかりがそう思ったのに、つるを見せてもヒカルはやる気になってくれなかった。それに、ちっとも喜ばなかった。
 綺麗に折れたでしょうとあかりが差し出したつるを、ヒカルはしばらくだまって見ていた。そして、何も言わないその口がしだいに尖り始め、眉の端がだんだんあがってきたかと思うと、ヒカルは乱暴にそのつるをあかりの手から払い落とした。
「なんだよ! こんなの! つるなんかおれたってしょーがないだろ!」
 そうして目を丸くしているあかりを置いて、ヒカルは一人で行ってしまった。
 ヒカルがいなくなってから、あかりはようやく地面に落ちたつるを見た。
 ヒカルの手にあたったからか、地面に落ちたのが悪いのか、つるはくびとしっぽが折れて、体がつぶれてしまっていた。羽根も変な形にゆがんでしまっている。たとえ魔法使いが現れて、魔法をかけてくれたとしても、もうこのつるは動かないだろう。あんなに綺麗だったつるは、くしゃくしゃにゆがんでしまった。
 それでもあかりはつるを拾うと、両手の上にそっと載せた。
 目の奥がじんと熱くなって、あかりはきゅっと唇をかんだ。
 泣かないもん。
 口を開いて声に出したら、きっと涙もこぼれてしまうから、あかりは胸の中だけでつぶやいた。
 ヒカルは戻ってこなかった。

 

「悪い! 遅れた!」
「遅いよ、ヒカル」
 約束の時間に30分も遅れて現れた恋人に、あかりは笑顔に近いしかめ面で文句を言った。遅刻は許せないが、この真夏に全力で走ってきたのだから、まあ全開で怒るのは勘弁してあげてもいい。
「ほんと、ごめん。昨日寝るの遅くて、目覚ましもかけるの忘れててさ」
 顔の前で手を合わせて謝る姿に、あかりは腰に手をあてて頬をふくらませてみせた。全開では怒らないが、すんなり許してあげるのも少しばかり悔しいような気がする。
「その言い訳、何度聞いたかなー」
「言い訳じゃないって」
「言い訳じゃないならなお悪ーい。だって、私との約束をいつも忘れるって事でしょ?」
 う、とヒカルが言葉につまった。あかりは無言でヒカルをにらむ。怖く見えるようにと頑張って顔を作りながら、あかりはけれど笑い出しそうになっていた。とっくの昔にあかりを追い越して背丈の伸びたヒカルが、小さく縮こまっている姿が、なんとも笑いを誘う。
「ごめん。今度は絶対」
 ヒカルが深々と頭を下げるに至って、あかりはとうとう吹き出してしまった。
「もう、いいよ。それより早く行こう? デートの時間がなくなっちゃう」
 明るい声でそう言うと、あかりはくるりと回れ右をして、先に歩き出した。
 なんなんだよ、とヒカルは小さくつぶやいて後を追ってくる。あかりの切り替えの早さに驚いたのか呆れたのか、そのつぶやきは多少不機嫌なものだったのだが、それを聞いたあかりはもう一度笑みをこぼした。あかりの機嫌が直ったことに安堵して、ヒカルがそのつぶやきの後でこぼしたため息にも気づいたからだ。

 昔と違って「ごめんなさい」をすぐに言ってくれるこの幼なじみに対するあかりの思いは、昔と違うものになったのだろうか。

 数瞬考えて出た結論に、あかりはもう一度口元をゆるめた。ただし今度はヒカルのことがおかしかったからではない。おかしいのは自分だった。

 あんまり変わらないかも。

 追いついてあかりの隣に並んだヒカルを見上げ、あかりはそんなふうに思ってしまったのだ。

 結局あんまり変わらない。
 今のあかりは、デートに遅刻されても本気では怒れないくらいにヒカルのことが大好きだったが、昔のあかりもヒカルのことが大好きだったから。
 好きなことや大切なものはみんな、ヒカルと分け合いたいと思うくらいに。

≪幼馴染に5つのお題〜質問編〜≫ 04 あのひとと喧嘩をしました。謝るのはどちらから?
お題はこちらからお借りしました→* 蒼月理求 お題サイド *

終わり

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