「ねえ、アルノーはプロポーズの時、なんて言ったの?」
差し向かいで飲んでいる相手から突然向けられた問いに、アルノーは久しぶりに会ったその客のために出した「とっておきのいい酒」を盛大に口から吹き出した。
「な、おまっ、い、いきな、ごほ、ごほっ」
何か切り返そうにも、いろんな所に入ってしまった酒のためにむせてしまって言葉にならない。苦しくて涙目になりながら視線だけでせめてもの抗議をするが、アルノーを苦しめる原因を作った相手はテーブルに飛んだ酒を布巾でぬぐいながら、なおも言う。
「アルノーなら、どんなふうに言ったのかなって思って」
それを聞くとアルノーは視線から抗議の色を消した。重ねて問うてきたその声音にからかうような響きはなく、自分を見つめる青い瞳にもあくまで真摯な輝きがあったからだ。
ぶかぶかのジャケットをなびかせてちょこまかと動き回っていた少年も、今ではアルノーと二人で酒を酌み交わせるような青年へと成長した。何年か前に森林保護官になると聞かされたときは驚いたものだったが、なかなかどうして彼は結構よくやっているらしい。研修やら報告やらでハリムを離れてアルノーの暮らす町の近くを通るときは必ず店を訪れて、今の仕事の状況や生活の様子を話してくれる。やりがいのある仕事についた彼の毎日は充実したものになっているようだ。
その彼が今こんなことを言い出したからにはそれ相応の理由があるということだろう。
「……俺の時はな」
何度か深く息を吐いて呼吸を戻すと、アルノーは姿勢を正して答えを口にした。
「普通に言ったよ。俺と結婚してくださいって」
「そうなの?」
青い瞳が軽く見開いた。意外だと顔に書いてある。何か凝ったことを言ったのだと、そう思われていたのだろう。意外だという顔をされたことは、実のところそう意外でもなかったが、アルノーは苦笑して説明を加えた。
「俺の場合、その前に半分プロポーズが済んでいたようなものだからな」
「半分?」
首をかしげる相手にうなずいてみせる。
「これからもずっと一緒に旅をしようってそう言って、あいつにそれを受け入れてもらったのがさ、まあプロポーズみたいなもんだ。で、改めてという状況だからな」
話している内に気恥ずかしくなってきて、アルノーは酒に手を伸ばしかけたが、その手を止めて話を続けた。まばたきもしない聞き手にとりあえず遠慮したのだ。
「だから、真正面から言ったよ。俺と結婚してくださいって」
「そうなんだ」
テーブルに乗り出すようにして聞いていた青年は、感心したように大きく息をつくと、姿勢を戻して椅子の背にもたれた。
そうか、そうなんだと何度も口の中でつぶやいている彼の姿に、アルノーは少し余裕が戻った。二つのグラスに酒を注ぎながらさらに補足する。
「俺たちはずっと二人で旅をして、二人でいるのが当たり前になっていたからな。そんな状態で遠回しに言ってもしょうがないだろ? そういう時はストレートに言うのがいいのさ」
そうして自分のグラスを持ち上げると、アルノーは相談者に向かって口の端をあげて付け加えた。
「どこかの誰かさんも、そうするのがいいと思うぜ?」
「え!? ぼ、僕は別に」
目の前で跳ね上がった肩と、ひっくり返った声に、アルノーは笑い声をあげた。
「何も、お前さんのことだとは、言ってないだろ」
「アルノー!」
今度はふくらんだ頬と、とがった口元に、アルノーは肩を震わせる。
そうして、すっかりすねてしまった青年に悪い悪いと謝りながら、アルノーは考えた。
お祝いをどうするかラクウェルとよく相談しなくちゃならないな、と。