可愛げ

 くつくつと音を立てて完成に近づいているおなべを、ラクウェルさんがにらみつけている。その真剣な表情が少しおかしくて、こぼれそうになった笑みをわたしはあわてて納めた。
 ジュードとアルノーさんが見回りに行っている間、食事の支度をするのはわたし達。いつの間にか決まった役割通り、今日もいつものように二人で料理をしている。
 今日はちょっと凝った煮込み料理を作ろうと思った。二人で野菜やお肉を切って炒めて、味付けはわたし。後は時間をかけて煮込んでいくだけ。わたしは他にも何か軽いものを作ろうと思って、お鍋のことはラクウェルさんに、焦がさないように時々かきまぜて見ていて下さいねってそうお願いしたら、その時からラクウェルさんは片時もお鍋から目を離さない。
 少し前に味付けの極意を訊いたときに、迷わず渾身に……なんて言っていたけれど、それは味付けに限ったことではないみたい。何をするにもラクウェルさんは一生懸命。けっして不器用ではないのに、ラクウェルさんが料理を苦手としている理由は、もしかしたらそこにあるのかもしれない。料理っていろんなことを一度にしなくちゃいけないもの。一つのお鍋に一心に向かっているラクウェルさんを見ているとそんなことを考えてしまう。
 初めて会ったときは、もっと厳しい感じの人なのかなって思ったけれど、こんなラクウェルさんを見ていると、年上の女性なのに、なんだか可愛く見える。
 でも、もっと可愛く見える時があるということに、わたしは最近気づいてしまった。
「へえ、今日のもうまそうだな」
 いつの間に見回りから帰ってきたのか、お鍋を見つめるラクウェルさんの前を長い腕が横切って、お鍋の中からお肉を一切れつまみあげた。熱くないのかしらと思ったら、ちゃっかりお箸を使っているところがアルノーさんらしい。
「何をする! まだ出来ていないんだ。つまみぐいなどみっともない」
 たちまちラクウェルさんがアルノーさんを叱りつけた。
「だって、今までずっとあちこち見回ってたんだぜ? もう腹ぺこだって」
 アルノーさんはラクウェルさんの剣幕を全然気にした様子がない。つまみあげたお肉をぺろりと口に入れて、うまいと声をあげた。
「うん、やっぱうまい! これはもう出来てるって。早くメシにしようぜ」
「誰より先に食べておいて、食事にしろなどと勝手を言うな!」
「だから腹ぺこなんだって。うまそうなにおいがしたら、我慢できないのが人の性ってもんだろ? ラクウェルとユウリィの作ってくれるメシはいつもうまいしな」
「なにが性だ! だいたい腹ぺこだというが、見回りをしたのはジュードも一緒だろうが」
 ラクウェルさんは真っ赤な顔で怒っているけれど、アルノーさんがうまいって言うたびに、ちょっぴり嬉しそうな表情がのぞいているように見えるのは、わたしの気のせいかしら。
「だからジュードも腹減ってるって。な?」
「そうだよ! 僕だっておなかすいたよ! 先に食べるなんてずるいよアルノー」
「食べたって、肉一切れだろ?」
「一切れでも、抜け駆けは抜け駆けだ。お前の分は減らすからな」
「そりゃないって、ラクウェル」
 ジュードも加わって、今日の食卓もにぎやかだ。わたしは手元の料理を仕上げて、三人に声をかけた。
「こっちも出来ました。それじゃあ、食事にしましょうか」
「そっちもおいしそうだね、ユウリィ。僕も手伝うよ」
 ジュードが飛び跳ねるようにして来てくれた。
「そうこなくっちゃな」
 ぱちんと指で高い音を立てて、にこにこしているアルノーさん。
 ラクウェルさんは腰に手をあてて、あきれたようにしているけれど。
「そんなお前のどこが大人なのだ」
 そんな言葉をかけているけれど。
 年下のわたしに可愛いなんて言われたら、ラクウェルさんが気を悪くするかもしれないから、わたしは今は何も言わない。黙ってそれを見ているだけ。
 しばらくはジュードにも内緒。

終わり

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