かねての疑問

 ジュードは少し前を歩いている背中を見た。
 その首元からなびく黄色い布が鼻先をかすめて少しくすぐったい。動くものが目の前にあると、ついそれを目が追ってしまう。
 ひらひらとゆれるそれにあわせてきょろきょろと視線を動かすジュードに気づけば、前を行くアルノーはいつものように「おこちゃま」とからかったのだろうが、彼もまた視線をあちこちに飛ばしていたので、ジュードが猫のような表情で自分を追いかけていることに気づかないままだった。
 だから急に足を止めたのは自分だとはいえ、その背中にジュードが鼻をぶつけたことにアルノーは驚いた。
「何やってんだ?」
 振り向き、赤くなった鼻を押さえているジュードにあきれた声をかける。
「アルノーが急に立ち止まったりするからだろ」
「前見てなかったのか?」
 黙ってふくれるところを見ると図星らしい。ほんとに何やってんだかとアルノーは肩をすくめた。
 これだからおこちゃまはと言わんばかりの表情で見下ろされ、それなりに悔しかったのだが、ジュードはとりあえず口論を避けた。その代わりまだ痛む鼻をさすりながらかねてよりの疑問をぶつけることにした。
「ねえアルノー、前から訊いてみたかったんだけど」
 何だと目線で促したとき、特にその内容をアルノーは予想していたわけではない。
 しかし。
「その黄色いひらひらしたのって、なんでつけてるの?」
「はあ?」
 青い瞳が下から投げてきた質問は充分に予想外だった。アルノーは今度こそ本気であきれ、まぬけな形に口を開けた。
 現在アルノーとジュードは今夜の野営に備えて、周囲の見回りを兼ねた薪と食料集めの最中だ。特に申し合わせたわけではないが、野宿の際は女性陣が食事の支度をし、男性陣が外回りという役目が自然に決まっていた。女性だけにして万一のことがあったらどうするのかという心配は、ここの女性陣の場合心配ない。むしろ外回りをしている二人の方が残る二人に心配されていると言った方がいい。
 それはそれとして、ジュードの質問だ。女性陣と分かれて男だけの今、前から訊いてみたかったなんて意味深な前置きがあるから何ごとかと思えば、いったい何を言い出すのやら。
 まあ、おこちゃまだしなあ。
 口を開けたまま、アルノーは深い脱力感に胸の内だけでつぶやいた。男同士でしか話せないような質問が飛んでくるのはまだ早いということか。
「だってそれ、襟に付けてるんでしょ? 首に巻いてるわけじゃないから、別に暖かくないし、意味ないんじゃないの?」
 アルノーは口を開けているのに一向に答えをくれない。ジュードはしびれを切らして重ねて問う。
 どうあっても答えが欲しいらしく、ねえねえと飛び跳ねるようにして答えを催促するおこちゃまに、アルノーは仕方なく開けっ放しだった口を動かした。
「あー、何だ」
 こんなくだらない質問に答える義務はない。何だろうと期待を込めて見上げてくる青い瞳をうっとうしいとはねつけても許されると思う。思うのだが。
 ああもう本当に俺ってばお人好しだと、アルノーはそんな自分にあきれながらも、結局期待に満ちたその青い瞳を無視することはできなかった。
「俺の武器は投げナイフだろ? 目立たないんだよ。使っても。魔術にしても動きが地味だし。渡り鳥ってのは、とにかく目立たないことには話にならん。そう思ってな。俺の活躍をすぐ見つけてもらえるようにつけてるのさ」
 アルノーが何故か首を振りながらしてくれた説明を、ジュードは頭の中で吟味した。
 確かにこの黄色いひらひらはいつも目立っている。戦闘中も、そうでないときも――例えば今だって何かと視界に入る。これが揺れていると、ああアルノーがいるなってそう確かにそう思えるけれど。
 ジュードは眉をひそめた。
「そういうのって、悪目立ちって言うんじゃないの?」
「お前な……」
 せっかくの懇切丁寧な説明をばっさりと切り捨てられて、アルノーはこれ以上ないというほど肩を落とした。そして大きく一つため息をつくと、勢いよく頭を上げて胸を張り、おこちゃまを高い位置から見下ろした。
「いいんだよ。悪目立ちでも何でも目立てば。渡り鳥ってのはとにかく目立たないと駄目なの。実績のない渡り鳥が一人でやっていくってのは大変なんだぞ」
「そうなんだ」
 何でも目立てばいいのだという主張に納得したわけではなかったが、ジュードは逆らわずにうなずいた。大変なんだぞというアルノーの言葉には実感がこもっていて、アルノーも苦労しているんだなとそう思ったからだ。
 それに、自分があんまり必要ない必要ないと繰り返したら、アルノーが本当にひらひらをはずしてしまうかもしれない。見慣れたものがなくなってしまったら、きっと寂しく思ってしまうだろう。ひょっとしたらアルノーの言うように、アルノーがいることに気づかなくなってしまうかもしれない。
 ジュードが納得したようなので、アルノーはきびすを返して歩き出した。もう少し先まで様子を見て、何もなかったら女性陣の作ってくれている温かい食事の所まで戻ろう。うまいものを食べれば、傷ついた心も癒されるだろう。
 いつもよりアルノーの歩幅が大きくなっているので、ジュードは小走りになって後を追った。そして眉の下がった持ち主自慢の顔に話しかける。
「じゃあ、今は楽なんだね」
「あ?」
 顔は前を向いたまま、それでも視線をこちらに向けてくれたアルノーに、ジュードは無邪気に笑顔をむけた。
「だって、今は四人だもん。一人じゃないから楽だよね」
「……そう願いたいもんだな」
 返ってきた声には笑いが混じっていた。

終わり

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