「そろそろ横になった方がいいんじゃないか？」
　ベッドの上に体を起こし、まくらにもたれた姿勢の妻に、アルノーはそっと声をかけた。
　今日はいつもより起きている時間が長い。そろそろ休ませた方がいいだろう。過保護にすぎるだろうかと思いながらも、以前より細く、白くなった体がアルノーにそうさせる。
　それでも声をかけるのにためらったのは、彼女が腕の中の宝物を放したくないだろうとそう思ったからだ。案の定というか、ラクウェルはアルノーの言葉に応えず、腕の中の寝顔に視線を落としたまま動こうとしない。
　無理に引き離すのも忍びないが、これ以上は体に障る。
　さて、どうしようかとアルノーが腕を組むと、ラクウェルが視線を落としたままようやく口を開いた。
「幸せとは、増えるものなのだな。アルノー」
「ん？」
　首をかしげて聞き返すと、ラクウェルが顔を上げてアルノーを向かって笑った。
「お前が私と共に来てくれて、結婚しようと言ってくれて、これ以上の幸せはないとそう思っていた」
　柔らかくラクウェルの顔に広がる微笑が幸せだという言葉を強く証明していて、アルノーはその美しさに思わず息を呑んだ。
「けれど、この子が生まれて、今はもっと幸せだと思う」
　ラクウェルは腕の中に視線を戻し、今の二人の一番の宝物、二人の愛娘の寝顔を見つめた。細く柔らかい髪をすくように小さい頭をそっとなでる。
「幸せには限りはないものなのだな」
　そう語るラクウェルの口調がアルノーの胸に浸みる。心の一番奥の方に届いたそれが、ゆっくりと体全体に広がっていく。指の先まで広がるその温かさに、目眩がしそうだ。思わずこぼれそうになった涙を振り払って、アルノーも言った。
「限りがないというなら、美しさもそうだな」
「何？」
　今度はラクウェルが首をかしげる。
「俺の奥さんは、結婚を申し込む前から世界一の美人だと思っていたが、今は昔の何倍もずっときれいだ。美しさにも限りはないんだな」
　真剣に言ったらラクウェルが照れてしまうだろうから、口調はおどけたものにしたけれど、それはアルノーの紛れもない本心だった。娘と二人、世界中のどこを探してもこれほど美しいものはない。
　ラクウェルはアルノーを見上げて、軽く目を見張ったが、すぐに顔をゆるめた。
「惚れ直したか？」
「惚れ直したとも」
　ベッドに歩み寄ると、アルノーは二つの宝を腕の中に包み込んだ。そうしてその両方に口づけを落とす。伝わるぬくもりが限りない幸せの証明。
　幸せに限りがないのなら、彼女が旅立つまで、もっともっと増やしていこう。あの空まで届くように大きくしよう。
　そうすれば、三人が別れても、その間を幸せがつなぐからきっと大丈夫。
　二人になってもきっと幸せ。