例えて言うなら静と動。
性格もまとう雰囲気も正反対の二人。
共通点をあえて挙げるとすれば、性別と年齢、そしてすこぶるつきの美形だということ。
そんな二人が共に行動すれば、自然と周囲の視線――特に女性のものがそこに集まる。
しかし一人は職業柄注目を浴びることに慣れていたし(それが快感でもあったし)、もう一人は回りの状況を気にかけるような性質ではなかったので、二人は集まった視線のどれにも動じることなく行きつけの店の慣れたカウンター席に着くと、それぞれ好みの酒を注文した。
美形二人が並んで酒を酌み交わすという構図は、さらに周囲の視線を熱くしたのだが、視線の主達がもう少し近づいて二人の会話に耳を傾けたのであれば、その熱は一気に冷めたに違いない。
通常の用法とは少しばかり意味が違うかもしれないが、「見ると聞くでは大違い」なのである。
ハワードは運ばれてきたグラスを一気に干すと、そのグラスの底をカウンターに叩きつけ、こう言い放った。
「どうしてフォーカスされないんだ!」
カオルはハワードが叩きつけたグラスに損傷がないのを見て取ると、その発言をとりあえず無視した。そしてハワードとは対照的に静かにグラスを口に運ぶ。良い酒は味わうものというのがカオルの信条であったし、ハワードの激昂にいちいち取り合っていたら馬鹿を見るというのは、これまでの経験を持ち出すまでもなく明らかなことであったからだ。
無論、邪険にされたまま黙っているハワードではない。次のカクテルを注文し終えると、無視するなとカオルに詰め寄ってきた。
「ぼくが心を痛めてるんだ。親友ならもっと親身になったっていいだろ!」
誰が親友だ、誰が!
都合のいいときだけ友達呼ばわりするハワードの身勝手さには慣れていたが、それでも瞬間的に腹は立つ。しかし下手に反論すれば話が長引くだけなので、カオルはその抗議を視線にこめるだけに止めた。もちろん通じないのは承知の上だ。
そうして嫌々ながら話を合わせた。ここに来てしまった時点で、ハワードの長話につきあわされることになるのはわかっていたのだ。その内容があまり馬鹿馬鹿しいものでなければいいと、できれば他の仲間達の近況などを聞ければいいと思っていたのだが、どうやらそれは望めないらしい。今日の酒も長くなりそうだった。
「最初から説明しろ。フォーカスとは何のことだ」
「え? ああそうか。業界用語だもんな。お前にはわからないか」
悪かったなと、妙な納得の仕方をした上で尊大な謝罪までしたハワードに、カオルの機嫌を示す針は一気に「不」の方に振れた。
ハワードは根本的に気の遣い方を間違っている。確かに「フォーカス」という言葉は知らなかったが、カオルが話を合わせたがらなかったのはそんなことが理由ではない。それに、自分が使った言葉をカオルが知らなかったことで覚えた優越感を、ハワードが隠そうともしないのが業腹だ。だいたいそれは本当に業界用語なのか。ハワードの語彙は確かに豊富だが、本人がどこまでその意味や出所を分かって遣っているのか怪しい限りだ。
ぼくの配慮が足りなかったなすまないと、しゃくにさわる謝罪を散々繰り広げた後で、ようやくハワードは説明した。
「フォーカスってのは、スクープされる、つまりニュースになるってことだ」
「それで」
「え?」
長々と謝罪やら説明やらをしたせいで、ハワードは本題を忘れかけているらしい。カオルはこのまま帰ってしまいたかったが、まだグラスが空いていなかった。せめて一杯分くらいはつきあってやってもいいかと、カオルは辛抱強く言葉を継いた。
「だから、何がニュースにならないんだ」
「ああそう、そうだよ」
カオルに水をむけられて、ようやく自分が言いたかったことを思いだしたようだ。ハワードはぽんとひざをうつと勢い込んで言った。
「ぼくとメノリのデートだよ!」
カオルは一刻も早く空けてしまおうと、淡々とグラスを口に運んだ。
ハワードは自分の話に夢中になっているので、今度はカオルの反応が薄いことに文句を言ってこなかった。
「大スターのぼくのロマンスだぞ? 大ニュースじゃないか」
ぼくもメノリも有名人なのに、おかしいと思わないか。デートだってお互いに忙しいからそう頻繁にはできないがそれなりに回数を重ねている。後ろ暗いことも恥じることも何もないから、特に人目をはばかるような真似はしてない。堂々としているのに、それなのになんで。
「どうして一度も話題にならないんだ。なあ、カオル、どう思う?」
色気がないからだろう。
カオルは胸中でそう断言した。乏しいカオルの恋愛経験でもわかるほど、それは明白だった。
ハワードとメノリが二人でどこに行き、何をしていようとも、およそ一般の恋人同士のような雰囲気からは遠いだろう。実際、仲間達で集まっても、二人の様子はあの島で過ごしていたときから全く変わらないのだ。カオルですら、二人が本当にハワードの言うような仲になっているのかどうか疑っているくらいだ。
フォーカスだかなんだか知らないが、二人で歩いているくらいでされるわけがない。
だいたいそんなものはされないならされないで、それに越したことはないんじゃないのかと、カオルはそう思うのだが、ハワードにとっては大問題らしい。どう思うとカオルの返答を重ねて要求し、あきらめる気配がない。
このままでは胸ぐらを掴まれて前後に揺さぶられかねないので、カオルはしぶしぶ口を開いた。
「二人とも有名人だからだろう」
「どういうことだ?」
「オレ達が修学旅行で行方不明になったことは知られている。遭難した仲間同士で会っていても別に不自然じゃない。いちいち報道するようなことじゃないだろう」
「……でも、ぼくたちは恋人同士なんだぞ?」
カオルの説に一理あるとは認めたようだが、納得しきれたわけではないようだ。それならばフォーカスされるにはどうしたらいいのかと、ハワードは一層くだらない方向に思考を巡らせ始めた。
「交際宣言とかそういうのはわざとらしいし、嫌なんだよ。やっぱりもっとこう自然にだな、お似合いの二人――みたいな感じで広まってほしいんだ」
好きにしてくれ。
これ以上はオレの知ったことではないと、カオルは無言を貫くつもりだったのだが、その決意が揺らいだ。ハワードが声を落としてつぶやいたのが、聞こえてしまったからだ。
「メノリはやっぱり派手なのは好きじゃないからなぁ……」
ぼそりと、誰にともなくつぶやかれたそれは、寂しそうでもすねているようでもあった。ただ、カオルにもわかるくらいはっきりと、メノリへの想いがあふれていたので、さすがのカオルの心もやや動いた。
フォーカスだのなんだと騒ぐのは馬鹿げていると思っていたが、どうやら一応メノリへの配慮から生じた考えらしい。派手に交際宣言をぶち上げたり記者会見を開いたりするのはメノリが嫌うだろうから、もっと自然に二人のつきあいが周囲に知られるようにしたいと、どうやらハワードが騒いでいるのはそういうことらしい。ようやくカオルにも見えてきた。
が、はっきり言って馬鹿だ。
交際宣言や記者会見をメノリが嫌うのは確かだが、フォーカスにしても騒ぎが起こるならそれは同じ事ではないだろうか。メノリにかかる迷惑はどちらも大きいに決まっている。どこまでこいつは馬鹿なのかと、長い付き合いだというのにカオルの頭痛が増す。
馬鹿なのだが、見捨てるわけにはいかなくなった。
惚れた女のために何かしたいという男心は、カオルにだってわかる。ただその方向性が著しく間違っているので、そこをなんとかしてやらなければいけないようだ。親友などでは断じてないが、同じ男として、そして仲間としてそれくらいはしてやるべきなのだろう。このままハワードを放置したときに、メノリにふりかかる災難を思えばなおのこと。
「ハワー……」
何をどう言おうかと考えながら、とりあえずハワードの名を呼ぼうとした。そうしてカオルはハワードの方に顔を向けたのだが、ハワードの方が先にカオルのことを見ていたのでカオルは眉を寄せた。
ハワードは黙ってカオルをを見据えている。
さっきまで忙しなく口と表情と手足を動かしていた奴に静かにされると、かえってこちらの調子が狂う。カオルの眉間のしわが深くなった。
続く沈黙が苦痛になり、どういうつもりだと正してやろうとしたのだが、その前にハワードが動いた。カオルの方に体を傾け、カオルとの間にあった距離を少し詰めるとおもむろに口を開き、
「好きだ」
と言った。
反射的に手が出た。
ゴンと鈍い音がしてハワードの頭が沈む。そうしてハワードの顔が視界から消えると、カオルは一気に体を後方に引きハワードの間に距離を取った。
「〜〜ってぇ。何するんだよ!」
両手で頭を押さえるハワードの目には涙が浮かんでいる。ハワードは相当石頭のはずだが、それでもかなり痛かったらしい。
しかしカオルは同情も後悔もしなかった。体をハワードから遠ざけた体勢のまま、どういうつもりだと怒鳴りつけた。
「練習だよ練習!」
「練習だと!?」
こぶが出来たじゃないかと頭をさすりながら、ハワードは口をとがらせた。
「ぼくとメノリがフォーカスされないのは、二人でいてもデートだと思われないからなんだろ? だったらデートだってわかるようにすればいいのかって思ったんだよ」
「だから何だ!」
「いきなりメノリ相手だと緊張して言えないから、お前で練習しておこうかと思ったんだ」
それなのにいきなり殴るなんてひどいじゃないかと、ハワードはなおも抗議を続けていたが、やはりカオルは同情も後悔もしなかったし、謝る気にも当然なれなかった。
フォーカスされない理由の核心にに自分でたどり着いたのは、ハワードにしては上出来だ。
だがその後の思考回路がやはりカオルには理解できない。
恋人らしい雰囲気作りの練習台に、選りに選って自分を使おうとするなんて。
今度こそ忍耐の限界であり、愛想も尽きた。そしてちょうどグラスも空いていた。
カオルは椅子を蹴りつけるようにして立ち上がると、カウンターに自分の勘定を叩きつけた。
「どこ行くんだよ」
「帰る」
見ればわかることをわざわざ尋ねてきたハワードに、一言とはいえ返事をしたのはカオルにしてみれば最大限の譲歩だったが、ハワードはもちろんそれをありがたがったりはしなかった。
「待てよ! ぼくを見捨てるのか!?」
腰を浮かしたハワードに、カオルはもう一瞥すらくれなかった。出口だけを見て大股で歩き出す。
「おいカオル! 待てって」
背後からハワードが追ってくる気配は感じたが、カオルはやはり振り返らなかった。
カオルが本気でハワードを引き離しにかかれば、ハワードに追いつけるはずはない。本日の酒宴はこれにてお開きとなった。
だが、事態はこれでは終わらなかった。
後日、ハワードJr.の恋のお相手としてカオルのことが大々的に報道され、ルナの大笑いとメノリの顰蹙と他の仲間達の憐れみを買い、二人の友情にもひびが入ったとか入らなかったとか。
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