女の子から好きだと言う話

「メノリは僕のこと嫌いなんだな!」

 ソファの上でクッションを抱いたままあぐらをかいたハワードに、メノリは一瞬視線を流しただけで返事をしなかった。
 なにしろこの男ときたらいい歳をして、すねたりかんしゃくを起こしたりが日常茶飯事なのだ。多忙なメノリとしてはいちいちかまってはいられない。もっとも、メノリのそんな態度こそが最初のハワードのセリフにつながるのだということは、メノリもわかっているのだが、だからといってハワードを甘やかすつもりはさらさらなかった。

「なあどうなんだよ」
「自分の胸に聞いてみろ」
 なおも突っかかってきたハワードに、メノリは可能な限り冷たく聞こえるように言ってやったつもりだった。それでハワードは一瞬鼻白み口をつぐんだので、メノリの意図は成功したかのように見えた。ところが今度はメノリがハワードに声をかけずにはいられなくなってしまった。
 すげなくされたはずのハワードがそれはそれは幸せそうに目じりをさげてにやついた上に、ご機嫌な鼻歌まで飛び出してきたからだ。
「何のつもりだ?」
 無視を決め込むつもりだったのに、ついそんな問いかけをしてしまい、メノリは自分の失態に顔をしかめた。
 そんなメノリの葛藤を知ってか知らずか、ハワードは上機嫌そのものだった。鼻歌こそ止めたものの、やに下がった表情でクッションを抱きなおし、その上にあごを置くと、にっと口の端を上げてからメノリの問いに答えた。
「だって、メノリは僕のこと好きなんだろ?」
「何?」
 どうしてあの会話でそういう結論に達するのか。
 メノリには理解不能だ。眉間にしわを寄せて説明しろと迫ってみるが、ハワードは動じなかった。
「自分の胸に聞いてみろっていうから訊いてみたのさ。僕のこの広くて温かい胸は、メノリが僕のこと好きで好きでたまらないって言ってるぜ」
 自信満々でそう言い放ったハワードに、メノリは心底呆れはて、そのことを隠す気すらもわいてこなかった。
「幸せな男だな」
 メノリがようやくそれだけの嫌みを口にしても、ハワードはまるで意に介さなかった。
「否定はしないんだな」
 そうしてご機嫌な鼻歌を再開する。
 メノリはすっかり毒気を抜かれてしまい、そんなハワードを見ても、もう腹をたてるどころではない。それどころかその口元がゆるむのを抑えるのすら難しくなってきた。

「おめでたいやつだな」
 二度目の嫌みがこぼれたが、それはずいぶんと柔らかな口調で発せられたものだったので、それもやはりハワードの機嫌をそこねることはできなかった。

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