「わたし、ベルのこと、好きだったのよ」
ゆっくりと、けれどなんでもないことのように告げられたことに、ベルは言葉を失った。
「あのお話に書いたとおりにね」
そう続けながらシャアラは目の前のコーヒーカップにスプーンを入れてかき回した。コーヒーにはすでに砂糖とミルクが加えられている。それをかき回して混ぜる動作も、二人の会話の途中でコーヒーが運ばれてきた直後に、シャアラは済ませていたはずだ。けれど彼女はスプーンを止めようとはしなかった。
くるり、くるりと回るスプーンの動きを目で追うようにしてベルは目を伏せた。
シャアラの気持ちは嬉しい。
こんなにきれいな女性から思いを寄せられて嬉しくない男がいるはずはないのだし、それにベルにとってシャアラは単にきれいな女性というだけの存在ではない。小さなかわいらしい女の子として守ってあげなければと思っていた。ルナのために仲間のために強くなっていった彼女をまぶしいと思った。その言葉に励まされたことも、助けられたこともある。
シャアラはベルにとって、大切な、かけがえのない――仲間だった。
シャアラの気持ちは本当に嬉しい。ありがたいと思う。
けれど。
ベルは伏せていた目を上げた。同時にスプーンも止まる。
「シャアラ、俺……」
「いいの」
自分の声とほぼ同時に聞こえてきたシャアラの言葉に、ベルは目を見開いた。
「シャアラ?」
怪訝そうに名を呼ぶと、シャアラは微笑んだ。それはやはりとてもきれいな微笑だったが、ほんの少し寂しさがにじんでいることをベルは見逃しはしなかった。胸が痛くて、ベルの口は開いたまま音を失う。
「いいのよ。別に、ベルに何かをしてほしくて言いに来たんじゃないの。ベルの気持ちは知っているわ。だって、わたし、ずっとベルを見ていたんですもの」
かちゃり、とスプーンを置いてシャアラは微笑みながら肩をすくめた。
「ただね、あれが本になっちゃったら、もちろんベルは読んでくれるでしょう? それに、ルナ達も、もっと大勢の人も見てくれるわ。その前に、自分で直接はっきり伝えたかったの」
「シャアラ……」
ようやく音になったベルの言葉は、しかしまたも彼女の名だけで、ベルは歯がゆさに唇をかんだ。伝えたいことはたくさんあるような気がするのに、言葉にならない。馬鹿みたいに口を開けることしかできない自分がもどかしく、ふがいなかった。
「でもやっぱり、いきなりは言えなくて、先に原稿を送ってしまったのだけど。なんだか変な形になっちゃって、ごめんなさい」
明るく晴れやかに、シャアラは言った。
謝る必要なんかない。それを伝えるためになんとか首を振ることはできた。けれどやはりベルの口はうまい言葉をつむいではくれなかった。
「それじゃあ、これで。出版社と打ち合わせがあるの。ちゃんとした本になったら、また送るわね」
シャアラは鞄を手にして立ち上がった。そしてぴんと背筋を伸ばした姿勢で出口へと向かう。
「シャアラ!」
半分だけ腰を浮かしてベルはシャアラを呼び止めた。振りかえる彼女に向かって精一杯笑顔を作る。
「ありがとう」
作り上げた笑顔がいいものになっていたかどうかはわからない。けれどベルの謝辞を受けたシャアラはとびきりの笑顔を返してくれた。
一人になったテーブルで、二つのカップを前にしたまま、ベルは長い時間座っていた。
そうして思う。シャアラはやっぱり強いな、と。
その強さを見習いたかった。ベル自身の思いのために。