第四十五話  お父さん!お母さん!

 ルナ達を見送り、タコではなく本来の名ツァルコンで生活するようになった彼の現在の仕事は、人類のいなかったこの千年間の歴史を伝えることであった。

「あれは今を遡ること千年、満月は中天にさしかかりその光こうこうと」 バンバン!

「前のドローン後ろもドローン、ああまさに絶体絶命!」 ババンバン!

「私たちに何かがあれば、この子はいったいどうなるの。はらりこぼれたその涙、さっとぬぐった親心!」 バンバンバン!

 千年もの間、相手がいなかったのだ。ツァルコンの語りに熱が入るのは当然というもの。
 ちなみにバンバン鳴っているのは、彼がハリセンで台を叩いている音である。

 ――まるでエセ弁士のようだ。

 彼のその姿に対するそんな感想は、もちろんどこからも出なかった。アダムの一族には弁士という職業は存在しないから当然だ。たまに妙な知識を蓄えているチャコがここにいれば、大いに突っ込んだのかもしれないが。

「ああなんと非情なるかなサヴァイヴ! 一人また一人、傷つき倒れゆく仲間達!」 ババンバンバン!

 ツァルコンの熱が高まるのに反比例して観客の熱は下がる。彼の語りではないが、一人また一人と席をはずしていく。
 けれどツァルコンは気に留めなかった。出て行く人々に笑顔でこう告げる。

「またどうぞ〜」

 千年も相手がいなかったのだ。一人でも聞いてくれる人がいれば、いくらでも語ろうではないか。
 それにもし、観客がみんないなくなったとしても、待てばいいだけのこと。百年も待てば、また聞かせて欲しいという声もあがるだろう。

「それでも人類はあきらめない。彼らに残された唯一の希望!」 バンバン

 今日も彼は絶好調だった。

終わり

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