第三十五話  充分な材料もないのに

「駄目じゃ駄目じゃ! 全然なっとらん! 見てわからんのか!?」
 ポルトの剣幕にシンゴはびくりと肩をすくめた。
 大陸へと渡る船を造るためにシンゴは懸命に設計図を引いたのだが、ポルトの合格がなかなかもらえないのだ。
 ポルトの怒声は外まで響き、止む気配がない。
 ルナ達は顔を見合わせると、夕飯の支度をいったん中断してポルトとシンゴのいる小屋へみんなで様子を見に行くことにした。
「動かん船の設計図など、ただの紙切れじゃ!」
 小屋に入ったところで飛んできたポルトの声に、シンゴ共々硬直する。
「それに、じゃ」
 そうしてポルトがさらに力を込めて続けたので、全員腹に力を入れて迎え撃つ姿勢を整えた。
 の、だが。

「デザインがかっこ悪すぎるわ!!!」

 予想外の攻撃に、ルナ達は盛大にずっこけた。

「で、デザインって、充分な材料もないのにそんなところにまでこだわれるわけないよ」
 一番早く立ち直ったシンゴが眼鏡を直しながら反論するが、ポルトの勢いはとまらない。
「何を言っとるんじゃ! メカニックは機体を愛さなくちゃいかん! そのためには外観にもこだわらんといかんのじゃ!」
 そうしてシンゴの持ってきた設計図を広げると、一つ一つ指をさしながら、あれがださいこれが良くないとまくしたてる。
 しばらくは勢いに押されていたシンゴだったが、言われっぱなしではさすがに腹にすえかねたようだ。設計図を奪い返すと、猛然と反論を始めた。
「そうは言うけどね、ポルトさんの言うとおりにしちゃったら、ここのラインが崩れるじゃないか! ここは僕のこだわりなんだから、絶対に譲れないよ!」
「それがいかんと言うんじゃ。そんなとこにこだわっとったら、肝心の翼が見えんじゃないか。ここをもっと削ってじゃなあ」
「そんなの古いよ!」
「なんじゃと!」

 終わりそうにない師弟の争いに、ルナ達は一歩ずつ後ずさり、小屋の外に出ると無言で夕飯の支度を再開した。
「ごゆっくり〜」
 最後にチャコがそう言いながら扉を閉めたが、それぞれの美学を貫くために熱くなっている二人には、もちろん聞こえなかった。


「翼の角度ならオレにも言わせてもらいたいことが……」
 小屋から出てきたルナ達の中で、ぽつりとつぶやかれたその言葉もまた、誰にも届かなかった。

終わり

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