第二十七話 しぶとい奴ら

「コロニーD3まで、あと1時間くらいかな。ポルトじいさん、こっちは問題ないぜ」
「そうか。こっちも大丈夫だ」
 ポルトはモニターを見つめながら、声をかけてきた同僚に返事をした。
 モニターを見つめるポルトの表情は固いが、実のところそんなに大変な仕事ではない。作業といえば、ただモニターに表示される数値をチェックするだけ。それも、何か異常があればすぐに警告音と表示がでるようになっているので、そんなに真剣ににらみつけていなくても問題ないのだ、本当は。
 オリオン号は最新型というわけではなかったが、それでも搭載されたコンピュータは十二分に優秀だった。コンピュータによって管理されたいくつもの機関が正しく連動し、人間が手を加えなくても滞りなく船は動く。極端な話、動かすだけならパイロットが一人いれば事が足りる。航行中、メカニックの仕事はほとんどない。

 コンピュータまかせの船。
 かつてポルトが蔑んだ、オリオン号はそういう船だった。

 なおもポルトが凝視するモニターには、オリオン号が問題なく稼働していることを示す数字が並び続けている。
 目を離して、多少気を抜いたところで問題ない。そうとわかっていてもポルトは目を離さない。
 コンピュータまかせの船。
 けれど、それが決して万能ではないことをポルトは知っている。
 パイロットが一人いれば動く船。だがそれを可能とするには、人の手による整備を行わなければならない。些細な異常を見逃さず、重大な故障が発生する前に修繕する。それは、コンピュータまかせの船にあっても、人間の仕事だ。コンピュータが自分で見つけられる異常の範囲には限界があった。自動修理で直せる範囲にも限界があった。コンピュータにできて人間にできないことはたくさんある。だが、人間にできてコンピュータにできないこともまたあるのだ。
 コンピュータにできることはやらせておけばいい。できないことがあれば、それこそが人間の仕事になる。
 だからポルトはモニターから目を離さない。整備にも手を抜かない。それは人間の仕事だからだ。
 
 きっとあいつもそれがわかっていたんだろうになあ。

 自分がわかっていなかったことを、自分より若いあいつの方が先にわかっていたのに、自分はそれを認めてやることができなかった。
 そして、どうしてなのだろうと思う。自分よりも先に、大事なことをわかっていたあいつが乗っていたのに、どうしてあの船は。
 自分の過ちとそれがもたらした別れを思うと、ポルトの胸には冷たく固いものが落ちる。それがとけることはもうないのだとわかっている。わかっているから、ポルトは船を下りない。このコンピュータまかせの船を正しく整備し、宇宙をまわる。

 

「D3が見えてきたぜ。やれやれだな。今回の逗留はどのくらいだっけ」
「こりゃ! 着陸が済むまで気を抜くでない!」
 のんびりと背筋を伸ばした同僚を叱りつけてやると、彼は悪びれない笑顔で「悪い悪い」と謝った。ポルトとて、本当に怒ったわけではなかったので、しっかりしてくれと苦笑混じりに応じた。
 了解とおどけた敬礼を返してきた彼は、そういえばと話題を転じた。
「なんか近くで事件でもあったらしいぜ」
「事件だと?」
 思わずポルトがモニターから視線を外すと、同僚は若者らしく、やじうまめいた好奇心を隠そうともせずに続けた。
「近くの宙域に警察の船がたくさん出てるらしいんだ。さっき休憩室で聞いたんだけどな。でも、ニュースではまだ何も言ってなくてさ」
「ほう。なにやら物騒だの」
「だな」
 会話はそれで打ち切りになった。ほどなくオリオン号が着陸態勢に入ったからだ。
 そうしてオリオン号はコロニーD3に入った。
 その時はまだ、「事件」はポルトにとってうわさ話でしかなかった。

終わり

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