第二十五話 未来のために

 シンゴ達が泊まり込みで遺跡の再調査に向かってから数日が過ぎた。

「そろそろ、食料の差し入れに行かないといけないわね」
 そう提案した後でルナは自分で付け加えた。
「アダムが心配だから、私、行ってくるわ」
「そうだな。調査の方の状況も聞いてきてくれ」
「わかったわ」
 メノリの要請にルナがうなずくと、シャアラが口をはさんだ。
「一人で行くの?」
 危ないんじゃないかと、心細げに下がった眉が言っている。ルナとメノリは顔を見合わせて同時にうなずいた。
 誰か一緒にとメノリが言いかけたところで、賑やかな声が割り込んだ。
「はいはいはーい。ぼくが行く!」
「駄目だ」
 発言者の方を見もせずに、メノリが一言で切り捨てた。が、そこでひるむような性格をしていれば元々立候補などしない。遺跡が本当に宇宙船なら早く見てみたいと、逸る気持ちと意気込みを否定されたハワードは、猛然とメノリにくってかかった。
「なんでだよ。ぼくは東の森に慣れてるんだ。何度も行ったんだからな。適任だろうが」
「お前では護衛として役にたたん」
「言ったな! ぼくの弓の腕前を知らないのか」
「お前にそんなものがあったとは初耳だ」
「なにを!」
「まあまあ、二人とも。とりあえずそこまでにして」
 どちらかといえばメノリの意見に賛成だったのだが、ルナはとりあえずそうとは言わずに仲裁に入った。二人が険しい表情のままで、それでも一応口をつぐんだことを確認すると、ルナはさし当たって東の森について一番新しい情報を持っている人物の方へ顔を向けた。
「ねえ、カオル。東の森はやっぱり危ないのかしら」
 問われたカオルはさして悩むこともなく、首を横に振った。
「いや。冬の間に生き物の数が相当減っている。何かに出会う可能性は低いとみていいだろう」
 じゃあ決まりだぼくが行くとハワードは意気揚々と宣言しようとしたのだが、メノリの方が早かった。
 メノリはハワードでは大いに不安だという態度を崩さずに、カオルへ問いを重ねた。
「この前シンゴ達と遺跡へ向かったときは、何もなかったのか?」
「いや、何も。……かまきりを見たくらいか」
 一度は否定したものの、ふと思い出したことがあったらしい。カオルの表情がやや引き締まった。
「襲われたのかい?」
 カオルの表情の変化に気づいたベルが心配そうに声をかけた。カオルはベルに向かって大丈夫だと首を振ると、淡々と続けた。
「共食いをしていた」
「!」
 シャアラが色を失い短く悲鳴を上げた。想像力の豊かな彼女のこと、うっかりその様子を思い浮かべてしまったらしい。
 だからこちらには気づかなかったと、カオルは平坦な口調で続けたが、シャアラの顔色は戻らなかった。
「そ、そういえばさ」
 ハワードの顔色もシャアラに負けず劣らず蒼白になっている。顔色をそのまま音にしたような声を、さらに震わせてハワードはカオルへ視線を流した。
「あれは見なかったか? なんか熊みたいなでかい牙と爪のある黒くて毛むくじゃらの……」
 ハワードが言いたいのはどの生き物のことなのか、シャアラを除く他の者にもわかった。確かに、あれとはもう遭遇したくない。ハワード以外の視線もやや真剣みを増してカオルへと集まった。
 そのことに気づいたのかどうか、カオルは至極あっさりと答えた。
「それは見ていない」
 ほっと空気がゆるむ。が、カオルはさらにあっさりと言ってのけた。
「だが、爪のある足跡はあったな。それに、大きな獣の鳴き声はしていた。おそらく冬の間食料がとれず、気がたっているのだろう」
「じゃあ、危ないんじゃないか!」
 ハワードの声が裏返った。しかしカオルはあくまで真顔で通した。
「あれだけ騒がしければ、近くに来る前にわかる。気配を読んで避ければいいだけのことだ」
「お前を基準に話をするなー!!!」


 そうして遺跡にいる仲間の所へ食料を差し入れる役目は、しかるべき人に割り振られたのだった。

終わり

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