第二十四話 誰?誰なの?

 吹雪は激しくなる一方だった。

 遺跡へ行ったルナ達はまだ戻らない。ここから遺跡までの距離と、出ていってからの時間を考えれば、むしろ戻らないのは当然なのだが、そうとわかっていても思い気分が晴れることはなかった。
 火を眺めていると、耳障りなハワードの高いびきに混じって、シャアラの寝息が耳に入った。
 シャアラはルナ達が出かけてからずっと、扉に張り付いていた。そうして小窓を開けては外の様子をうかがうという動作を何度もくり返していたのだが、夜も遅いこの時間になってようやく眠れたらしい。規則正しいその寝息を確認して、私はそっと息をついた。
 続いて火の様子を確認する。
 異常はない。しばらくは薪を足す必要もなさそうだ。

 私は音を立てないようにそっと立ち上がると、少し前までシャアラがそうしていたように、扉の前に立ち小窓を開けて外を覗いた。

 しかし、日の暮れた、しかも吹雪の吹き荒れる森は暗く、いくら目を凝らしたところで何も見えはしなかった。ただ、風の音だけが耳に付く。
 ごうごうとうるさいその音を振り払うように、私は扉を開けた。音だけを聞いていては、その深い響きに飲み込まれてしまうようで、何かを目で見て確認したかったのだ。扉を開ければ、室内の明かりで多少何かが見えるのではないかと思ったのだ。
 しかし、何かが見える前に、私は扉を閉めた。吹き込んでくる風と雪のあまりの強さに、負けてしまったのだ。室内の明かりで外を確かめることなどできそうになかった。大きく扉を開けたりすれば、その前に火が消えてしまう。
 肩や髪についた雪を払い落としながら、私は重い息を吐き出した。

 こんな天候の中、行かせてしまったのかと、その事実が今さらながら胸につかえた。
 誰かが行かなければならなかった。そして確かにあの子は適任なのだろう。この状況の直接の原因ではなくとも、何らかの関係があるのは間違いない。この状況を造り出したのは、あの遺跡で、あの子はあの遺跡にいたのだから。

 だが、行かせてよかったのだろうか。こんな天候の中を。
 洞窟の中にいても寒いとこぼしていたのに、あの子が自分から行くと言い出したわけは、私にもわかっていた。ハワードの八つ当たりを気に病んだのだろう。あんなふうにあからさまに責められて、気にしない方がおかしい。

 しかし、今回はハワードが悪いと叱る資格が私にはなかった。私も同じように考えていたからだ。あの子のせいだと。だからハワードの八つ当たりを止められなかった。ハワードが悪いというのなら、私も同罪なのだ。

 私はもう一度小窓を開けた。
 外はまだ暗かった。風の音がまた強くなったような気がして、知らずため息がこぼれる。
「吹雪はおさまった?」
 背後からそっとかけられた声に振り向くと、シャアラが立っていた。胸の前で小さく握りしめられた両手が、シャアラも私と同じ不安を抱えていることを示しているように見えた。
「起きていたのか」
 小窓を下ろしながら小声で応じるとシャアラは首を振った。
「ううん。寝てたんだけど、でもなんだか……起きてしまったの」
 要領を得ない答えだったが、シャアラの気分は私にもよくわかった。落ち着いてじっとしているということができないのだ。
「ルナ達、大丈夫かしら?」
 閉じた小窓へ視線を向けながらシャアラが小さくつぶやいた。それは私に向けた言葉であるけれど、本当は私に向けたものではない。それに対する明確な答えも保証もないとわかっていて、それでもやはり漏らさずにはいられないのだ。
 だから私もそれに答えた。何の保証もないけれど。
「大丈夫だ。きっと無事に戻る」
 シャアラはうなずいて、また外へと視線を向けた。私もそれに続く。
 もう寝た方がいい、火の番は私がしているからと、シャアラにそう言うべきなのだとわかっていたが、私はもう何も言わなかった。

 ことんと薪が小さな音を立てた。
 扉の向こうでは、まだ風が高く鳴っていた。

終わり

前のページに戻る