第二十一話  冬がやって来る

 急速に空を埋め尽くした黒い雲は、一向に晴れる気配を見せなかった。雨を降らせるでもなく、島の上空にただ留まり続けるその雲は日ごとに厚さを増していった。
 もう何日もまともに太陽を見ていない。
 日の射さなくなった島では、急激に気温が下がった。つい数日前までは汗だくになって働いていたというのに、近頃では日中でも肌寒さを覚えるようになっていた。そして何より朝晩の冷え込みがルナ達を悩ませた。

「アーダーム。今日はぼくと一緒に寝ようぜ」
 猫なで声でアダムを手招きしたのはハワードだった。呼ばれたアダムはうなずいてハワードに駆け寄ろうとしたのだが、それを止めたのはメノリだった。
「ハワード、お前のハンモックに二人も寝るのは危険だ。二人分の重量には耐えられないだろう。アダム、今日は私のところで寝るといい」
 ハワードに向けた前半とアダムに向けた後半とでがらりと口調を変えて、メノリはそう言った。アダムは一瞬ハワードに視線を向けたが、すぐにメノリを見上げてにっこり笑うとその手をとってしっかりとつないだ。
 当然収まらないのはハワードだ。
「先に誘ったのはぼくだぞ!」
 跳び上がって抗議したのだが、メノリの反応は冷ややかなものだった。
「危険だと言っている。アダムが落ちたらどうするつもりだ」
 ハワードは落ちてもいいのだという言外に込められた意味にハワードは気づかなかったのだが、だからといって収まりがつくはずもない。ハワードはふんと大きく鼻を鳴らすと、刺々しい視線を傍らにいたベルに向けてこう言った。
「今日はベッドで寝るからいいんだよ。ベル、お前のベッドを貸せ。代わりにハンモックを貸してやるからお前はそっちで寝ろよ」
「え?」
「たまにはハンモックで寝るのもいいだろ」
 困惑して声を上げたベルはそのままハワードの勢いに押し切られそうになったのだが、その前にハワードの横暴に憤慨した仲間から待ったがかかった。
「ハンモックは小さいでしょう? ベルがちゃんと寝られなかったらどうするの?」
 心配そうに首をかしげたのはシャアラだった。言葉の内容はベルの体調を気遣うものだったが、ハワードに向けられた抗議の視線はそれなりに強かった。
「そうやそうや。だいたいあのハンモックはお前が欲しいって言ったんやろ。サイズも重量制限もお前さんが基準や。ベルには無理やで」
 チャコもあきれ顔で口を出した。
「じゃあ……」
「僕は嫌だからね」
 ベルをあきらめたハワードが視線を巡らせるより早く、シンゴはすげなく拒絶した。
「僕はベッドじゃないと眠れないから、ベッドは貸さないよ」
 ハンモックで寝るのもたまにはいいかもしれない。けれどここでハワードのわがままを通せば、今後さらにつけあがるのは間違いない。シンゴの都合などお構いなしに自分の気分だけで今日はベッドだハンモックだと押しつけてくるのだろう。
 そう考えたシンゴは、ことさらに強い口調と表情を作り上げて、ハワードのさらなる懇願が出る前にそれを封じ込めてしまった。
「それならカオルのベッドを使う」
 それでもハワードはあきらめなかった。残った一つのベッドを手に入れるべく、さらに言葉を継ぐ。
「どーせカオルは今日も夜中に出かけるんだからいいだろ」
 カオルは同意も拒否もせずにただ黙っていた。けれどハワードがその沈黙を都合のいいように解釈する前にまたも他の仲間達からの横やりが入った。ハワードの言葉に驚いた仲間達が次々にカオルを心配して声を上げたのだ。
「カオル、夜中にどこかに行ってるの?」
「寝ていないのか?」
「そういえばいつも、朝、みんなが起きる時間に帰ってくるよね」
 カオルもこれらの言葉には答えた。
「必要な分はちゃんと寝ている。夜の内に出かけているだけだ」
「食料集めは大事だが、体を壊しては元も子もない。昨日出かけたのなら今日はちゃんと休め」
「今日は結構収穫があったし、そうする方がいいと思うよ」
 カオルを囲んで進む話に、ハワードは顔をしかめた。この流れではカオルのベッドも使えそうにはない。
 仕方なくハワードは作戦を変えることにした。アダムとベッドで寝るのが無理なら、ハンモックでもできることにすればいいのだ。
「こうなったらお前でもいいや。チャコ、一緒に寝ようぜ」
 ということでハワードは仲間内でもっとも体長が短く、体重も軽い相手に声をかけたのだが、今までで一番の反発をくらうことになった。
「あほなこと言うな。うちはレディーやで。お前なんかと一緒に寝られるかい!」
「ロボットのくせに何がレディーだ。何が」
「くせにとはなんやくせにとは。お前こそハワードのくせにうちの主義に口出しせんといてか」
「やーめーなーさーい!!」
 どこまでも続く激しい応酬に割り込んだのは、リーダーの一喝であった。
 ルナは至近距離でにらみあう二人を引きはがすと、ハワードに向かってにっこりと笑って「お裁き」を下した。

「ハワード、一人で眠れないのなら今日の火の番をお願いね」

「何でだよ!」
「寒くて眠れないんでしょう? 火の側ならあったかいわよ〜」
 確かに暖かいかもしれないけど、うっかり居眠りでもしたら死んでしまうじゃないか!
 リーダーの言いつけとはいえとても承伏できるものではない。やってられるかと投げだそうとしたのだが、やはりここも仲間達の反応の方が早かった。
「じゃあ、ハワードお願いね」
「おやすみなさい」
「さぼるんやないで」
 見ればアダムなどは疾うにメノリと部屋に引き上げていた。他の仲間達も次々とそれに続いていく。
「しっかりやるんだな」
「マントくらいは貸してあげるよ」
「後で交代に行くね」
 ある者は平然とまたある者は気の毒そうな顔をしながら、それでも結局全員ハワードを残して行ってしまった。
 
 何でぼくがそんなことをやらなくちゃいけないんだよ!

 幸か不幸かそう言って役目を放り出してしまうには、ハワードは遭難当初に比べていささか変わってしまっていた。

 

 結果。
「ぶぇっくしょーい!!」
 さらに厚くなった雲の下、星も見えない湖畔に、大きなくしゃみが何度も鳴り響くことになった。

終わり

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