第十八話  これが東の森!?

 ナノプラント。
 ハワードが持ち帰ったカニの殻から出てきた小さな機械。
 この島には人がいるかもしれない。降って湧いたようなその期待にみな心を動かされた。
 しかしカオルが手にしたのはうち捨てられたカニの殻の方だった。無論カオルとてこの島に人がいるかもしれないということに関心がないわけではない。だが、その機械の分析に関してカオルができることはなさそうだったし、何より適任が二人もいるのだから任せておけばいい。カオルには別に考えるべきことがあった。
 いえの外に出ると、適当な地面に持ってきたカニの殻を置いた。そうして同じくいえから持ってきた石槍を、狙いを定めて地面に置いたカニの殻に勢いよく振り下ろす。
 カン!と高い音をたてて石槍の先が滑った。
 その結果にカオルは表情を動かすことなく、カニの殻を拾い上げるとその表面に視線を走らせた。そこには何の変化も見られなかった。ひびや割れはもちろんのこと、石槍の先がかすめた跡すら残っていない。カオルの渾身の力を込めた一撃でも、小さな傷一つつけられなかった。
 カオルはそれを確認すると、別にくやしがるそぶりを見せるでもなく、右手に槍を左手に殻を持ったままで歩き出した。
 東の森へはもう一度行くのだろう。コロニーへ戻る手段を得られるとは限らないが、初めて得られた手がかりをこのまま放っておくわけにはいかない。
 だがそれは、危険の中にわざわざ飛び込むということでもある。東の森はあらゆる生物が巨大だという。それら全てが危険だというわけでもないだろうが、少なくともあのカニはルナ達を襲った。しかもその体を守る殻は非常に固く、うまく槍が当てられたとしても今の結果からすれば、何のダメージも与えられないということになる。
「カオル? 何やってんだ?」
 声の方へ視線だけを向けると、ハワードが弓矢を背負って立っていた。カニを倒したのは自分だと随分自慢していたが、東の森から無事に戻ったことに気をよくしたのか、弓矢の腕にさらに(?)磨きをかけるべく練習するつもりらしい。
 どういう風の吹き回しなのか、最近ハワードは妙に積極的だ。弓矢を自作したこともそうだが、東の森の捜索にも志願して加わった。少し前までは何をするにも面倒がって文句ばかり言っていたというのに、本当にどういう心境の変化だろうか。
 カオルには全く見当もつかなかったが、そもそも興味もあまりなかった。面倒が起こらないのならばそれでいい。
 ハワードの方へ流した視線を元に戻すと、カオルは無言のまま歩き去った。ハワードは無視された格好になったわけが、なんだあいつとつぶやいただけでカオルにからむような真似はしなかった。肩をすくめただけで彼もまた目的の場所へと歩いていった。これもまたコロニーにいたころとは随分な変化といえよう。
 しかしカオルの頭に残ったのは、やはりハワードの成長ぶりではなかった。カオルが考えたのはハワードの背にあった弓矢のことだった。それをあのカニのような巨大生物に使った場合の効果を数瞬検討して、だめだ、と結論づけた。
 石槍でも傷がつかないのだ。威力に劣る弓矢ではなおさら無理だ。
 というよりも、体の大きさが違い過ぎるのだから、どんな手を使おうが東の森の生物相手にカオル達が決定的なダメージを与えることはできないと考えるべきなのだろう。けれど、だからといって打つ手がないわけじゃない。何も倒してしまわなくてもいいのだ。こちらがやられなければいいのだから、必要なのは傷をつけるのではなく、やり過ごすための手段だ。
 あの時のように石槍を投げつけるというのも一つの手だが、それだと石槍一本につき一度しか使えない。何本も石槍を持ち運ぶというのはどう考えても効率が悪い。持ち運びを考えれば使えそうなのは弓矢だが、相手があんなに大きいのでは、やはり有効だとは思えない。単なる牽制であっても、よほど連射しなければ効果はなさそうだ。もちろん、真っ直ぐ飛ばないハワードの矢をきちんと改良した上での話にはなる。
 とすれば有効なのは――と考えを進めてカオルがたどり着いた道具は投げ縄だった。あれなら槍や弓矢と違って、相手の動きを比較的長時間止めることができる。持ち運びも楽だし、必要ならその場で作ることも可能だろう。森ならば材料には事欠かない。ただ、相手の大きさと力の強さに見合うように、石をつなぐ綱の長さと強度の調整が必要だ。
 東の森の探索に備えていくつか作っておこう。
 みんなのいえに入ったカオルは石槍と殻を置き、代わりにここしばらく練習に使っていた投げ縄を手に取った。

終わり

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