第十七話  心はいつも青空

 意識が戻ったとき、目の前にいたのは男の人だった。
 スイッチを入れられても、起動には少しばかり時間がかかる。視界がはっきりとしていくのに合わせて得られた視覚情報を少しずつ処理していく。それからようやく、それが見たことのない人だということに気づいた。
 スイッチを切られたときは、意識はそこでぶつりと途切れ、世界は唐突に暗くなるのに、意識が戻るときの世界の境目はこんなふうにいつも曖昧だ。人間が夢から覚めるときというのはこんな感じなんだろうか。
「君には、娘と友達になってもらいたいと思っているんだ」
 初めましての挨拶をしてから、その男の人はそう言って笑った。
 自分は捨てられたのだということはわかっていた。そうして捨てられた自分をこの人が拾ってくれたのだということが今わかった。
 自分の体は相当汚れ、あちこち傷んでいたはずだが、どこもかしこもきれいになっていた。動きも良好、それも以前よりずっと感じがいい。自分の状態を確かめるために色々動かしていると、新しい機能が加えられていることにまで気づいた。どうやらこの人は、拾った自分に随分と手を加えたらしい。
「どこか調子の悪いところはないかい?」
 声をかけられて顔をあげると、その人が目を細めて自分の動きを見ていた。
 短く刈られた髪も、あごの辺りに伸びているひげも固そうに見えたが、こちらをのぞき込んできた青い目には柔らかい光がたたえられていた。
 最後に見たご主人の目に宿っていた光とは、ずいぶん違うなと思った。自分のスイッチを乱暴に切ったあの目とは。ただ、違うということが分かっても、自分がそれを――すなわち過ぎた別れを寂しく思っているのか、新しい出会いを嬉しく思っているのかはよくわからなかった。
「別にあらへん。ばっちりええ調子や」
 そう答えると、その人は軽く目を見開いた。多分、自分の口調に驚いたのだろう。この話し方は、地球の片隅の小さな島国のさらにその一地方で話されていたものをモデルにした、つまりは相当風変わりな設定になっているのだ。
 自分は結構気に入っているのだが、人によってはうっとうしいと感じるだろう。以前のご主人に使われていた時の経験から自分はそれを知っている。けれどその人が驚いていたのはほんの一瞬のことだった。すぐにその表情は笑顔になった。ただしそれは、最初の挨拶の時とは違う、ずいぶんといたずらっぽい子供のようなものだった。
 それを見た自分の顔も、自然と笑顔の形になっていた。どうやら気に入ってもらえたらしい。今度は自分がそれを嬉しいと感じたことがはっきりとわかったのだ。
 この人の娘となら、いい友達になれるかもしれない。いや、いい友達になりたいとそう思った。

「なあ、そのルナって子は今日うちが行くこと知ってるんか?」
 並んで歩き、その人と娘の暮らす家へ向かう途中でそう尋ねてみると、知らせていないとのことだった。修理に少し時間がかかったこともあり、知らせるタイミングを逃したそうだ。
「それやったらちょっとびっくりさせたった方がおもしろいんとちゃうか?」
 にやりと笑いながら見上げると、それはおもしろそうだと同じような笑顔が返ってきた。やっぱりこの人とはうまくやっていけそうだと心が弾んだ。そうして自分はプレゼント用の箱の中に身をひそめることを提案したのだった。
 まだ会ったことのないルナという女の子。その子とも仲良くなりたい。そうしてこれから長い時間を一緒に過ごしていくのだ。
 ならば出会いは印象的なものにしたいではないか。これから先、彼女がそして自分が、いつ思い出したとしても新鮮な気持ちと共に蘇る思い出となるように。

「じゃーん!」

 思い切りよく飛び出して、とっておきの笑顔でご挨拶。
 会心の演出に対する彼女の反応は。

「いらない!」

 やはり思い切りのいい短い言葉だった。

終わり

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