第十六話 僕だって帰りたいんだ

「パパー! パパー! パパ、パパー!! 会いたい、会いたい、会いたいよー!!!」
 ハワードの叫びを皮切りに、次々とみんなで思いを海へ放つ。チャコの茶々でカオルが顔を赤らめ、最後にシンゴが強い決意を宣言した。
「お父さん、お母さん、僕絶対通信機直して、みんなを帰してみせるからねー!」

 この惑星に流れ着いてから、それぞれ少なからず抱いていた寂しさや不安を言葉ではき出してしまったことで、みんなどこか清々しい気分になれた。シャトルから降りてきたシンゴもみんなと並び、全員で沈む夕日を見つめる。
 昼間はあれほど遠く高く見える太陽が、なぜこの時間は手が届きそうに思えるのだろう。ゆらゆらと光の縁がゆれるので、そのかけらがつかめるかと思わず手を伸ばしてしまいそうになる。水平線を覆うように大きなそれが少しずつその姿を隠していくごとに、海と空の色が変わっていく。
 まぶしいけれど痛くはない黄金色の光にみんなで目を細めていると、シャアラがぽつりとこぼした。
「不思議ね……」
「え?」
 隣に立つルナがシャアラを振りかえると、シャアラもルナの顔を見て言葉を継いだ。
「不思議ね。夕日って寂しいものだと思っていたのに、今はそんな風に見えないの」
「夕日が寂しい?」
 ハワードがよくわからないと眉を寄せると、シャアラはもう頭の先しか見えなくなった夕日に視線を戻し、さらに話を続けた。
「うん。だって、物語とかだと、夕日ってお別れのシーンに出てくることが多いんだもの。もう会えない恋人が夕日の浜辺でそれぞれ反対の方へ歩き出すとか、もう会えない人を夕日を見ながら思い出すとか」
「そういうもんかぁ?」
 ハワードには今ひとつピンとこなかったようで、両の手のひらを上にあげて肩をすくめた。けれどベルはシャアラの意見にうなずいた。
「物語のことは俺はあまりわからないけど、確かに夕方は少し寂しい雰囲気があると思う」
「でしょう?」
 共感してもらえたことが嬉しかったのだろう。シャアラはベルを見上げて笑った。夕日が投げてきた今日最後の光に染まったその笑顔が明るい。
「わたしね、コロニーにいるときは夕方はいつも寂しかったの。だんだん暗くなってくると、ああもう今日も終わりだなって、なんだかそんなふうに思ってしまって」
 みんなの視線を集めながら、シャアラは沈みきってもう見えなくなってしまった夕日について語り続ける。
「でもね、ここに来てからは、お日様が海の向こうに沈んでいくのを見ていても、寂しいってあんまり思わないの。今もそう。全然寂しくなくて。だから不思議だなって」
「日はまた昇るからな」
 語り終えたシャアラの言葉を受けたのはメノリだった。夕日が残した色を抱いてまだ光っている水平線を見つめながら、メノリは真っ直ぐに立っている。夕暮れと夜の境の空と、同じ色をした長い髪が、夜の温度になりつつある風に揺れた。
「日は沈んでもまた昇る。今日が終わるということは、また新しい日が始まるということだ。コロニーの夕暮れはただ暗くなっていくだけだが、ここの夕暮れは太陽が明日へと向かう姿を見送ることができる。夕日が寂しくないというのは、だからではないか?」
 メノリはの口調はいつも毅然としたゆるぎないもので、だからこそ冷たく響くこともあるのだが、日はまた昇るのだと語った声は決して冷淡なものではなかった。
「太陽を明日の空へ見送る、か。メノリええこと言うやないか」
 チャコがしみじみ感じ入ったというふうに腕組みをしてそう言うと、シンゴも同感だと大きくうなずいた。
「うん、メノリも詩人なんだね」
「いや、私はそんなつもりは。ただ以前読んだ本にそんな言葉が……」
「ええやないか、照れんでも」
「そうよ、メノリ。とっても素敵だと思うわ」
 シャアラも賞賛し、ベルも表情で同意する。ハワードも愉快そうな顔はしていたが、混ぜ返しはしなかった。
「今日の終わりは明日の始まりか、本当に素敵ね」
 ルナが一つ大きなのびをして、くるりとみんなの方へ向き直った。そうして夕日が明日へと向かった海を背に、にっこり笑う。
「私たちも、新しい明日に向かってがんばろうね!」
 それに対する返事は、今日一番の七つの笑顔だった。

終わり

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