第八話  生きるために大切なこと

 事態は深刻だった。
 もう二日も収穫がない。水とわずかな果物だけで育ち盛りの七人の腹が満たされるはずはなく、険悪の度を増していく雰囲気を誰もが感じていながら、誰も歯止めをかけられない。これ以上空腹が続けば、動けなくなる者も出てくるだろう。
 そうなる前にどうにかしなければ。
 まだ夜は明けきっていなかったが、カオルは、やりと釣り竿を手にシャトルを出た。昨日雨の中でずっと魚を狙っていたのだが、結局一匹も取れなかった。この時間なら釣りの方が可能性があるだろうか。
 軽い音をたてて砂浜に飛び降り、磯へ向かおうとしたところで、カオルは物音を感じ振り返った。それはハッチが開いた音だった。そのまま見上げていると、顔を出したのはシンゴだった。
「待ってよ、カオル」
 まだ寝ている仲間に配慮したのだろう。シャトルの上からカオルを呼んだシンゴはずいぶんと小声だった。
「僕も行くよ」
 カオルの前まで降りてくると、シンゴは小声のままでそう言った。
「まだ寝ていろ」
 それだけ言ってカオルは歩き出したのだが、シンゴはすぐに追いついてきた。
「そんなこと言わないで一緒に行こうよ。今日は僕たちが魚の係って、メノリも言ってたし。それに釣りは夜明け前と日没が一番釣れるってチャコも言ってたしさ」
 シャトルから離れたので、シンゴはもう小声にはならず、いつもの調子で話しかけてきた。カオルの方が背が高いので、カオルが大股で歩くとシンゴは小走りになる。けれどシンゴは遅れずにカオルに並び、しっかりとした口調で言葉を継いだ。
「今日こそは、なんとかして食料を確保しないとね」
 カオルはシンゴの顔に一瞬だけ視線を流すと、それ以上は止めようとせずに歩き続けた。


 途中二人で釣りのえさにする虫を集め、その後適当な岩場に着くと、カオルはシンゴに釣り竿を渡した。それを受け取ったシンゴは早速座り込み、真剣な表情で釣り糸をたらしたのだが、すぐに眉と一緒に顔を上げた。カオルが立ち去ろうとしたからだ。
「どこへ行くの?」
「魚を捕ってくる」
 カオルは、やりをシンゴに示してそう答えた。そのカオルの答えにシンゴは不思議そうに首をかしげた。
「ここで一緒にやればいいじゃないか」
 言いながら水面に目をやれば、大きな魚の姿が何匹も見える。わざわざ別の場所を探す必要などないだろうに。
「……魚が逃げる」
 カオルの答えはやはり短かった。答え終えるとまだ不思議そうにしているシンゴを置いて足を進める。
「もしかして!」
 シンゴはカオルの背を見送っていたが、唐突に立ち上がって声を上げた。その声の大きさに思わずカオルの足も止まる。
「もしかして、あの時もそうだったの? 僕たちの釣りの邪魔になるから場所を変えてくれたの?」
 振り返ったカオルは、しかし何も答えなかった。黙ったままシンゴに視線だけを送る。けれど否定の言葉もカオルから返ってこなかったので、シンゴは一人納得し、そのまま話を続けた。
「ごめんね。僕たちの方が邪魔しちゃったんだね」
 カオルは今度も何も言わなかったが、かすかに首を横に振ったようにシンゴには見えた。そうしてカオルは顔を戻すと自分の場所を探すために行ってしまった。
「ありがとう、カオル! がんばってね! 僕もがんばるよ!」
 振り返らないカオルの背中に向かって、シンゴは大きく手を振った。

終わり

前のページに戻る