第六話  僕らはゲームをしてるんじゃない

 一口に惑星開拓技師といっても、その仕事内容は色々ある。開拓に必要なデータを集めて具体的に計画をたてる人もいれば、そうした人たちのたてた計画に基づいて実際に作業する人もいる。
 俺の父さんの仕事は実際の作業の方だった。
 惑星開拓にはとても長い時間がかかる。それだけに、技師の中には開拓に携わる間、単身赴任という形を選ぶ人も多いけれど、父さんはいつも家族を一緒につれていく方を選んだ。だから俺は父さんが仕事をする姿を小さい頃からずっと見てきた。
 もちろん、危険も多い作業場の全部に子供の俺が入ることはできなかったけれど、見せてもらえる範囲だけで、充分俺にとっては魅力的な世界だった。
 特に俺が興味を引かれたのは、整地や建設作業に使われるたくさんの大きな機械だった。
 開拓途中のまだ何もない土の上。どこまでも広いそこを走り回るクレーン車やブルドーザーやショベルカー……。自分の何倍も大きなそれらを見ていると、とてもわくわくした気分になった。そして、そんなにも大きな機械を自由に動かせる父さん達が、とてもかっこよく見えた。
「俺も父さんみたいになる!」
 憧れのままに俺がそう宣言したとき、父さんは笑って頭をなでてくれた。
「そうか。じゃあ、いつか一緒に仕事をしような」
「うん!」
 俺も笑顔で答えた。
 それからはそれまで以上に父さんの仕事場に通い詰めた。父さんも俺に見せられる限りのことを見せてくれた。
 その中でも俺が一番楽しかったのは、やっぱり機械を運転するところを見せてもらえるときだった。許可がもらえたからと運転席に座らせてもらえたときは、本当に嬉しかった。
「俺も早く惑星開拓技師になって、父さんみたいに運転できるようになりたい!」
 カッコイイ、すごい、と大好きな機械に囲まれて大はしゃぎの俺に、けれどある時父さんがこんなことを言った。
「確かに機械はすごいけれど、機械がなくてもできることはあるんだ」
「機械がなくても?」
 まだ小さかった俺には、父さんが何を言いたいのかはすぐわからなかった。機械を運転したいから技師になりたいと言っているのに、機械はなくてもいいなんて言われてちょっと不満だったくらいだ。
 俺が面白くなさそうにしていることに、父さんは気づいたんだろう。俺の頭をなだめるように軽く叩いて、その時たまたま近くにあった大きな石を指さした。
「あれを動かすことはできるか?」
 言われて俺はその石のそばに行った。その石はその時の俺の首まで高さがあり、俺が押しても引いてもびくともしなかった。
「できないよ」
 しばらく頑張ったけれどどうにもならず、俺は父さんに意地悪をされているように感じてちょっとすねていた。だから口をとがらせて無理だと精一杯の主張をした。
 そんな俺に笑いながら、父さんがとりだしたのは一本の棒と一つの小石だった。
「まあ、見てろ」
 父さんは自分のこぶしくらいのその小石を、俺が動かすことのできなかった石の側に置くと、棒をその下に差し入れ、さらには小石の上にその棒を渡した。
「ここを思いっきり押してみろ」
 そうして俺にその棒の端、大きな石の下に差し入れたのとは反対側の端を押すように促した。
 意味はまったくわからなかったけれど、父さんの言うことならと俺は言われたとおりその棒に全体重をかけて力一杯押し下げた。
 すると、驚いたことに、さっきはびくともしなかった大きな石が浮き上がった。浮いたといってもほんのわずかで、上がっていた時間もほんの少しだったのだけど、俺にとっては大きな衝撃だった。とてもとてもびっくりしたのだ。
「動いた! 動いたよ、父さん!」
 棒から手を放し、勢いよく父さんの方を振り向くと、父さんは目を細めてうなずいてくれた。
「どうだ、こういうのもすごいだろう?」
 一本の棒と一つの小石だけでできたその道具は、「テコ」というのだと父さんは教えてくれた。
 それからも父さんは色々なことを教えてくれた。まだ機械がなかったころ、人間がどんな工夫をして生活していたのかということを。
 自然の植物や動物の生態。それらを人間が生活の中でどう活かしたか。海水から塩がとれるように自然から得られるものを多く利用していたこと。そしてテコで大きな石が動いたように、石や木を使った単純な道具で火を熾すなど、複雑な機械がなくてもできることは多かったということ。
 父さんが語ってくれる昔の人間の生活は、これまで憧れていた大きな機械以上に俺の興味を引いた。父さんが新しいことを教えてくれるたびに、俺の中で世界は広がっていった。
「昔の人はすごかったんだね」
 今の自分と全然違う昔の人の生活に、俺がそう感想をもらすと、父さんはうなずいた。
「ああ、すごかったんだ」
 そしてさらに父さんは続けた。
「それに、今の人もすごいんだ」
「今の人も?」
「そうさ。だって昔の人は、空も飛べなかったし、宇宙にも来られなかったんだぞ。今は父さん達がやっているように、水も空気もない惑星に人間の住める環境を作り上げることだって出来るんだ」
 そう言った父さんに、俺は単純に聞き返した。
「じゃあ、どっちの方がすごいの?」
 父さんの答えは短かった。
「どっちもさ」
「ええー?」
 父さんの答えがずるいように感じて、俺は納得できず、思い切り顔をしかめた。小さかった俺には、例えばヒーロー番組のようにどっちかが強くてどっちかが弱いというような形でないと、よくわからなかったのだ。
 父さんもきっと、俺がちゃんと理解できるとは思ってなかったはずだ。だけど父さんはその話をそこで終わらせたりしなかった。
「昔の人は空を飛べなかったけれど、飛びたいと思った人はいたんだ。そうしてそう思った人はどうやったら飛べるのか考えた。たくさんの人が、いっぱい考えていっぱい工夫をした。そうしていつしか飛ぶことができるようになった。宇宙に来られるようになったのもそうだ。お前の好きな機械だって、昔はなかったけれど、たくさんの人がずっと頑張ってきたから出来たんだぞ」
「頑張ったから?」
「そうだ。みんなが頑張ったからだ」
 父さんは俺の両肩に手を置いてひざをつき、俺と目の高さを合わせてくれた。そうしてまた口を開いた。
「今の人たちが宇宙に来られるようになったのも、父さん達がこんな大きな機械が使えるのも、全部昔の人たちが頑張ってきたからだ。昔はできなかったのに、あきらめないでできるまで頑張ってきた人たちがいたからだ。だから昔の人はすごい」
 父さんはゆっくり話してくれたけれど、俺は父さんの言うことの半分もわからなかった。
 父さんの話は難しかった。
 けれど、父さんの手が温かかったから、父さんの視線が強かったから、俺はよくわからなくてもちゃんと聞かなくちゃいけないんだと、それだけはわかっていた。
「そして、今の人も頑張っているんだ。今はまだできないことも、いつかはできるようにとあきらめないで頑張っているんだ。だから、今の人もすごい」
「昔の人も、今の人も、すごいの?」
「そう、すごいんだ」
 何がどうすごいのか、父さんの話を最後まで聞いても、やっぱりその時の俺にはわからなかった。けれど、温かいものがじわじわと体の中に広がっていった。すごいんだと言った父さんの声ががそのまま俺の心に染みこんでいって、俺は大きな機械を初めて見せてもらったときのように、とてもわくわくした気分になった。
 たぶん、あれは小さい俺なりに感動していたんだと思う。
 父さんの話の内容は理解できなくても、父さんの強い思いを感じることはできていたんだと思う。
 だから俺はその時こう言ったんだ。
「父さん、俺も頑張るよ!」
「ああ、父さんも頑張る。一緒に頑張ろうな」
 あきらめたら駄目なんだぞと、笑った父さんの顔はとても満足そうだった。

 

 父さんは色々教えてくれたけれど、話に聞くのと実際にやってみるのでは大違いだった。
 火熾しの方法は、俺がおもしろがったこともあり、かなり詳しく教わったはずだったのに、火はなかなかつかなかった。
「もうやめよう。充分やったわ」
 俺の手のケガを心配し、みかねたシャアラがそう言ってくれた。俺がどんなに頑張ったかみんなに説明してくれるとも。
 けれど俺はうなずくことはできなかった。
「これはどれだけ頑張ったかのゲームをしてるんじゃない」
 父さんは、昔の人も今の人も頑張っているからすごいと言った。けれど頑張ったらそれで良いとも言わなかった。できるまであきらめずに頑張ったから、頑張っているからすごいんだとそう、言ったんだ。
「俺がどれだけ頑張ったかなんて問題じゃない!」
 かなりきつい言い方になってしまったから、シャアラには申し訳なかったと思う。でも、シャアラは腹を立てたりはしなかった。
 シャアラも俺と一緒に頑張り続けてくれた。そうして、火を熾すことに成功したのもシャアラだった。
「間に合ったね、日没に」
 勢いよく燃えあがる火の側に座って、シャアラと二人夕日を眺めた。空は俺たちの熾した火と同じくらい赤い色をしていた。
 食料を探しに行ったみんなはまだ戻ってこない。昨日、俺とカオルも苦労したけれど、ここで食べられるものを探すということは、やっぱりかなり難しいことなんだろう。もしかしたら、誰も何も採れずに戻ってくるのかもしれない。
 けれど、俺の心は不思議に穏やかだった。
 燃えあがる赤い火と空を眺めながら思った。
 父さん、俺はあきらめないよ、と。

終わり

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