俺がハワード達にいじめられるのはいつものことだったから、今さら誰も気にしたりはしない。けれど、その女の子は声をかけてくれた。
「あなたたち、靴くらい自分で磨きなさいよ」
オレンジ色の髪と青い瞳はとても強い光を持っていた。
きっと彼女は自分に自信があるのだろう。俺はそう思った。
自信なんて全然持てない俺は、彼女がせっかく差し伸べてくれた手をとることすらできず、彼女は俺に失望してしまったようだった。
「あなたはあなたじゃない」
結局ハワードに逆らうことができなかった俺に、彼女はそれだけ言うと行ってしまった。
「あなたはあなたじゃない」
そんなことを言われても、俺にはどうすることもできない。俺は俺? 俺にはなんにもないのに、どうすればいいというんだろう。
「あなたはあなたじゃない」
そのときの俺にその言葉はただ重いだけだった。
転校してきたルナとはすぐに仲良くなった。
わたしは人と話すのがあまり得意じゃないのだけど、ルナの持っている気さくな雰囲気のおかげか、すぐにうちとけることができた。
活き活きとした表情がくるくると変わる明るい女の子は、けれどただ明るいだけじゃなかった。
ベルがハワード達にいじめられているのを見たルナがそれを止めに行ってしまったとき、わたしは本当にびっくりした。ここではハワードに逆らう人なんて、誰もいなかったのに。
かかわらないほうがいいとわたしは止めたのだけど、ルナは全然ためらわなかった。その毅然とした態度は、ハワードのお父さんがこのコロニーの有力者だと聞いても全然ゆらがなかった。
わたしは廊下の壁にかくれるようにして、ただ息をつめて見ていることしかできなかったのに。
「あなたはあなたじゃない」
ルナがそう言ったとき、わたしははっとした。
ハワードのお父さんのことを聞いても動じなかったルナの誇りがそこに見えたような気がして。
あなたはあなた。そして私は私。
ルナがそう言っているようにわたしには聞こえたのだった。
回りがどうでも私は私なのだと、ルナならそう言い切る強さを持っているんだろう。そんなルナがとてもまぶしかった。
何があってもわたしはわたし。
いつかはわたしにも、そんなふうに言えるときが来るのだろうか。
僕のパパはこのコロニーで一番の有力者だ。もちろんこのコロニーの外でも有力者だ。
だから僕に逆らう奴なんて誰もいなかったのに、その転校生は生意気なやつだった。
子分であるベルをどう扱おうと僕の勝手だっていうのに、しゃしゃり出て来てこの僕に偉そうに説教をしやがった。
何もわからない転校生ならしょうがないかと、最初は僕も寛大に許してやるつもりだった。なのにそいつは僕のパパがどんなに偉いか知っても、ちっとも態度を変えようとしなかった。
まあ、でもベルの奴が自分から僕に従っていることがわかると、さすがに僕を責めるのは筋違いだとわかったようだった。それ以上僕には何も言わず、そいつはベルに軽蔑の目を向けた。
「あなたはあなたじゃない」
ベルに靴を任せて行こうとしたとき、転校生がベルに言った言葉が聞こえた。
あいつは僕だけじゃなくて、ベルにも説教を押しつけたようだ。まったく物知らずでお節介でその上物好きときた。うっとうしいのが転校してきたものだと、気分が悪かった。
「あなたはあなたじゃない」
だと?
何が言いたいんだ。わけがわからない。
僕はそう鼻で笑ったつもりだった。けれどその言葉は心のどこかにひっかかるとはずれてはくれず、僕は一日不快な気分で過ごすはめになった。