第四十五話 お父さん!お母さん!

 自分が作られたときには、すでに生きている人間は相当少なくなっていた。
 かわいいでしょう? と折に触れて子供の映像を見せてくれた夫婦は、その中でも長く生き延びた人たちだった。
 アルデュラムギエットというの。この惑星に最初に誕生したと言われる人間の名前をもらったのよ。
 この惑星の未来を担う子供という希望をこめて、みんなで名付けたんだ。
 すでにここにはいない息子を語るその人たちの目にはいつも優しい光があった。機械である自分には想像するしかなかったが、きっとああいう感情を愛おしいと言うのだ。
 ただ、その人達の穏やかな表情を見られたのは、ごく限られた時間でしかなかった。
 メインコンピュータサヴァイヴによる人類の粛清。それに抗っていた彼らにとって、安らげるときなどなかったからだ。巨大なコントロール宇宙船の一角にもうけられたちっぽけな安全地帯で、彼らは生き延びるために必死の活動を続けていた。それでも減り続ける仲間、蝕まれていく身体、いずれ来る終わりは、彼らにとっても自分にとっても、残酷なほど確実な結末だった。
 お願いがあるの。

 そう頼まれたのは、終わりがもうはっきりとした形で見えてきた頃だった。
 あの子に、伝えて欲しいことがあるのだ。
 もう私たちは長くないからと微笑む二人に、その依頼を承諾する以外、応える言葉が見つからなかった。あのときの胸の痛むような感覚を、人ならばどう表現するのだろうか。
 彼らのメッセージは、何重にもプロテクトをかけて、決して消えないように保存した。この安全ルームのメンテナンスロボットして作られた自分だったが、この時から自分が守るべきものはこの部屋だけではなくなった。たとえそれがどれほど遠い未来のこととなっても、この約束は果たさなければならない。
 今までにもずっとそうしてきたように、二人の遺体はカプセルに収めて共同墓地となった部屋に安置した。

 自分が、初めて泣くという行為を覚えたのは、そのときだった。

終わり

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