第三十五話 充分な材料もないのに

 最新式と言うだけのことはあると思った。
 父の町工場では見ることもできなかった複雑な機器を前に、工具を握る手も自然はずむ。
 コンピュータまかせの船、と父は言い捨てたが、それでもこうして人が手を入れなければ動かないのだ。どれほど技術が進もうともメカニックが無意味なものとなるはずはないのに、なぜわかってくれないのか。
 小休止を告げられて機関室を出る。休憩所で自動販売機から出てきたコーヒーを口にしながら胸のポケットに入れた写真を取り出し、眺めた。
 そこには幼い自分と、今はもういない母と、まだ白髪のない父が写っている。
 今の整備が終われば、この船はこのコロニーを出る。自分が生まれ育った、父の工場のあるここを。そして次にこのコロニーへ寄港する予定は、今のところ、ない。
 けんか別れになってしまった父を思う。
 新しいものを認めようとしない父の頑なさにはうんざりだった。けれどあの時は自分も言い過ぎた。
 油にまみれて自分の服も買えず、化粧した姿も記憶にない母。けれど母がその生き方を、父を選んだことを後悔していなかったことは、幼い頃ならいざ知らず、今の自分ならわかっているのに。
 小さくため息をつく。
 船が出る前に会いにいかなければ、しばらく会えない。だが、今行っても上手に仲直りをする自信はない。二度と帰ってくるなと言った父の言葉が本心でないことも、わかっているが、きっとまた新たにけんかをするだけだろう。けれどこの船で経験を積んで、一人前になれたら、父とうまく話せるかもしれない。父も認めてくれるかもしれない。 
「ファーロ! 休憩はとっくに終わってるぞ! チーフにどやされたいのか!」
「今行く!」
 休憩室の入り口から声をかけてくれた同僚に返事をして、コーヒーの紙コップをくずかごに投げ入れる。
 とりあえず、時間をおくことしか今の自分にできることはない。まずはこの船でちゃんと認められる仕事をしようと、ファーロは機関室へ急いだ。

終わり

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