第二十六話 応答願います

「無線の声はえらく落ち着いていた。重力嵐に遭遇した感じではなかった」
 メノリのその言葉にカオルは口をつぐんだ。議論はお預けになり、それからは黙って西の海岸へと向かったがカオルの思考は止まらない。
 重力嵐の件はルナも否定したことだが、カオルは否定しきることが出来なかった。
 あの船のような一般的な型の輸送船というのは通常、整備されつくした航路を飛ぶものだ。物資の大量輸送が必要な場所というのはすでに人が大勢いるような場所だ。普通の輸送船はそうした場所をつないでありふれた航路を決まった間隔で飛んでいる。
 確かにルナの言うように、自分たちがここにいる間に新しい航路が発見された可能性はある。しかしそこがすでにあのような型の輸送船が通るようになっているとは考えにくいのだ。
 通常航路からはずれたこんな場所に、探査船ならともかく輸送船が来たということは、なんらかのトラブルがあったとしか思えない。もし本当に原因が重力嵐なら、船に乗れたところで帰れるかどうか。どっちに向かって飛べばいいのか、おそらくあの船の乗組員もわからないのではないか。皆が期待しているほど、すんなりこの惑星を出て行けるような状況ではないかもしれない。
 懸念材料はいくらでもある。カオルはとても楽観する気にはなれなかった。
 姿勢制御装置のこともその一つだ。あの時通信で他のどの部品でもなく、姿勢制御装置の無事を確かめたのは、おそらくあの輸送船の姿勢制御装置が無事ではないからだ。通常ではありえない低空飛行と乱暴とすら思えた不時着の様子がそれを裏付ける。やはりそう簡単にここから脱出できる状況ではなさそうだ。 
 しかし、一番カオルが気にしているのは、あの通信そのものだった。
 落ち着いていたのは、まあいい。カオルの推測が正しければ船の中も相当大変な状況下にあるはずだが、訓練されたパイロットならいかなる状況下でもそう取り乱すことはない。まして通信の相手が明らかに子供なのだ。慌てた様子など見せないだろう。
 ただ、その落ち着いた通信が姿勢制御装置があることを確認するやすぐに切れた。まるで部品の無事さえ分かればもう用はないとばかりに。
 ばかりに?
 いや、実際用はないのではないか。姿勢制御装置さえあれば、自分たちのことなどどうでもいいのではないか。
 あの船は皆が待ち望んだ救いの手にはならないかもしれない。
 とはいえ今どれだけ考えたところでそれは推測でしかない。カオルの考えには根拠はあれど証拠はないのだ。
 証拠が無い以上自分の悪い予感と想像を仲間に披露することはできない。だがもしこれが当たってしまったら。仲間に危険が及ぶようなことがあれば。
 そのときに自分がすべきことを考えながらカオルは黙々と足を進めた。

終わり

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