第二十二話 さよならはいやだ

「さあどんどん食べてくれよ。僕は気前が良いからな。一人占めなんて事はしないさ」


 久しぶりに具のたっぷりはいったスープを前に、ハワードが上機嫌でしゃべり続ける。
「こんなに食べられるのはいつ以来だろうなあ。それもこれも、みーんなこのハワード様が……」
 どこまでもなめらかに動くハワードの舌に多少うんざりしながらも、どこまでも自分流の解釈によるハワードの語りにおおいにあきれながらも、あたたかいたっぷりの食事の前には誰も寛容になる。あきれ顔で首を振ったり、肩をすくめたりしながらも、みなハワードの口をふさごうとはしなかった。
「そろそろよさそうね」
 スープをかきまわしていたシャアラが言うと、ハワードがうつわを差し出した。
「まってました。もう腹へって死にそうだよ」
「だめよ。まだカオルが帰っていないわ」
 勢い込むハワードをルナがたしなめた。
「帰ってこないあいつが悪いんじゃないか。だいたい僕のいもを運ぶ手伝いも しないで、どこほっつきあるいてんだよ」
 うつわを差し出した姿勢のままふくれるハワードに今度はベルが言った。
「もう暗くなってきているし、多分もうすぐ帰ってくるよ」
「食事はみんなそろってからだ。子供じゃあるまいし、少しくらい待てないのか」
 続いてメノリにもぴしゃりと言われ、ハワードはうつわを持ったまま腕組みをすると、ふんと鼻をならしてそっぽをむいた。
 そんなハワードの様子にシャアラがくすりと笑ったその時、ちょうど入り口のドアが開きカオルが入ってきた。
「あ、おかえり」
「カオル、おかえりなさい」
 入り口近くにいたシンゴとアダムの出迎えにカオルが黙ってうなずくと、ハワードが立ちあがり、腰に手を当てて胸を大きくそらしながら歩いてきた。
「よう。遅かったじゃないか。早く座れよ。僕のいものスープができてるぜ。今夜は僕のおかげで腹いっぱい食えるぞ。ありがたく心から感謝して……」
 唯一手柄話をしそこねていたカオルを相手に、早速とばかり語り始めたハワードを軽く一瞥すると、カオルは手に下げていたものをハワードの胸に押し付けた。
「何だよ」
 反射で受け取ったハワードの手元を眼鏡に手をかけながらシンゴがのぞきこむ。
「トビハネじゃないか。それも2匹も。つかまえたの?」
 それには答えないままカオルが黙ってドアを開けると、洞窟の入り口の前にはそれ以外の彼の今日の収獲が山と積まれていた。魚や木の実にきのこなどが並んだそれは、まるで笠こ地蔵が正月の支度をすべて揃えて持ってきてくれたかのような光景であった。(もっとも22世紀生まれの彼らにこの例えは通用しない。)
 およそこの時期に望める最高の収獲に、みんなから歓声が上がる。
「すごいや。これでしばらく食料の心配はいらないね」
「よくこれだけ見つけられたな。かなり遠くまで行ってきたのか?」
「ご苦労様、カオル。どれもおいしそうね」
「とりあえず、中に運ぼうか」
 ベルに続いてみんなでにぎやかに運び込む。そのために食事の開始は少し遅くなったが、一気に充実した食料棚にみんなの表情は明るい。ハワード様のいものスープを片付けながら、明日のメニューはどうしようかなどと話す。
 一番最初にスープを空にしてしまったハワードは、行儀悪くあぐらをかいた上にひじをついてそんなみんなの様子を見ていたが、ふと思いついたように、ゆっくりとさじを運んでいるカオルに話しかけた。
「ほんとすごいじゃないか、カオル。よくやったよな。しかーし、それもこれもこのハワード様のおかげだぜ? この僕の活躍でスロープが出来なければ、パグゥを帰すのにもっと時間がかかって、そんなふうに狩りになんて行けなかっただろうからな。いやあ、なんとも感心するよなぁ、この僕の天性の……」
「あの後、山を登っていると、雪の上にトビハネの足跡を見つけた」
「カ、カオル?」
 ハワードの言葉を途中で遮って、いつもの数倍は大きな声で語り始めたカオルに、さすがのハワードの舌も止まり、とまどいながらカオルの顔を見た。
「すぐにトビハネを見つけることはできたが、オレは足跡からもう一匹いることに気づき」
「え、えーと。それじゃあ僕はそろそろ寝るかな。今日はいつも以上の大活躍で疲れたからなあ。おなかもいっぱいになったことだし……」
 なおも続くカオルの話に、不穏な風向きを感じたハワードは早々に寝床に引き上げようとしたのだが。
「まだオレの話は終わっていない」
「いぃ!?」
 黒い瞳に射抜かれて、立ちあがりかけた体勢のまま固まってしまう。
「……」
「……わかったよ」
 そして、座れと促すその視線に逆らえずに、一度は離れた席に座りなおす。
「じゃあ、私達は先に寝るわね。カオルも疲れているだろうし、早く休んでね」
「カオル、火の始末を頼んでもいいかな」
「カオル、ハワード、おやすみなさーい」
 食事の後始末を終えた他の仲間達は寝床に向かう。次々におやすみの挨拶をしてくる仲間達と、その言葉に黙ってうなずくカオルにハワードは飛びあがった。
「ちょっと、待てよ!」
「オレの話はまだ終わっていない」
「!!」

 そうして「カオル様の自慢話」とともに、夜はふけていく。

終わり

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