第十四話 声が聞こえた

「じゃあ今日は、カオルとベルに狩りに行ってもらって、他のみんなは畑作りをしましょうか」
 湖の近くに引っ越しても、家が完成しても、毎日の仕事は無くならない。今日もいつものように朝食後のテーブルでルナが仕事の分担を決めようとしたが、自分の役割が気に入らずハワードは口をはさんだ。
「僕も狩りに行く」
「お前が行ってもなんの役にもたたんやろ。この前かて手ぶらで帰ってきたやんか」
 あかんあかんと手を振るチャコに、ハワードは立ち上がり、拳を振り上げて口を開きかけた。が、思い直して座り直す。ここでかんしゃくを起こしては主張が通らないかもしれない。
「この前は調子が悪かっただけだ! 今日は絶対につかまえてやる。僕も絶対に狩りに行くからな」
 口を引き結び、腕組みをしてそう言い張ると、不思議そうに首をかしげていたルナが言った。
「じゃあ、お願いしようかしら」
「いいのか?」
 メノリが眉を寄せたが、ルナは肩をすくめ、いいじゃないと苦笑した。
「狩りも大事だし。人手があったほうがいいでしょう」
「せやけど、大丈夫か?」
 ハワードで、とチャコがテーブルに肘をつき、口の端を斜めにあげて不信感をあらわにするが、ルナは片手をひらひらと上下に振ってもう一度苦笑した。
「まあ、カオルもベルも一緒だし」
「そうねえ。二人が一緒なら安心ね」
 シャアラが両手をあわせて同意し、厳しい表情を崩さなかったメノリも、さっきから失礼なことばかり口にするチャコも、一応納得した様子を見せた。
 希望通り狩り班に組み入れられたハワードだったが、目の前で繰り広げられた会話のせいで非常に不愉快だった。
 まったくおもしろくない。どうしてハワードだと「大丈夫か?」なのに、カオルとベルなら「安心ね」になってしまうのか。


「いったぞ!」
 トビハネを追いかけて石槍を携え駆けるカオルが声をあげた。ベルの待つ罠の所まで、ハワードとカオルがトビハネを追い込む勢子の役目をしているのだ。
 トビハネというのはシャアラがつけた名前だが、まったくその名前の通りよく飛び跳ねる。ハワードが足を取られそうな茂みも、地面のでこぼこも、軽く跳んで越えてしまう。カオルが見つけてここまで誘導したトビハネを、ベルの方へ追いやろうとしたのだが、ハワードは罠まであと少しというところで段差に足をひっかけて転んでしまった。
「いってえー!」
 したたかにぶつけた膝を抱え、涙をにじませているハワードを尻目にトビハネは罠から離れていく。
「ハワード! 大丈夫かい!?」
 隠れていた茂みから飛び出して、ベルがハワードに駆け寄る。強い痛みにすぐに答えられずにいるハワードと、心配そうなベルの隣をカオルが駆け抜けていった。
「カオル!」
「そこにいろ! オレが追う」
 言い残した黒い背中はあっという間に視界から消えた。
「ハワード、立てそうかい?」
 ベルの手を借りて立ち上がる。幸いどこも痛めずにすんだらしく、ハワードは普通に立ち上がることが出来た。
「よかった」
 ベルが人の良い笑顔を向けてくれるが、ハワードは何も言わずにうつむいた。
「ハワード?」
 まだそうとう痛むのだろうかとベルは顔を曇らせたが、カオルが戻ってきたのに気づいて、ハワードの顔をのぞきこむようにしていた体を起こした。
「つかまえたのかい? すごいね」
 カオルが手にトビハネを提げているのを見たベルが素直な賛辞を送ると、カオルはさっきまでベルが隠れていた茂みにそれを置くと首を振った。
「運が良かっただけだ。偶然行き止まりに追い込むことが出来た」
 そう言ったカオルがハワードに視線を向けたのに気づくと、ベルは笑って説明した。
「ケガはないみたいだから、大丈夫だよ」
 ベルの言葉にうなずくと、カオルは森の奥へと足を進めた。
「オレは別の獲物を探してくる」
「うん。ハワードにはもう少し休んでもらうよ」
 カオルは視線だけを向けてもう一度うなずくと、木々の間に消えていった。
 その背を見送ってハワードは唇をかんだ。
 悔しい。今日こそは自分が獲物をしとめて帰りたかったのに、どうして自分ができなかったことをカオルがしてしまうのか。しかも休んでいろと情けまでかけられたのでは惨めすぎる。
「どうしてこうなるんだよ」
 ベルが驚いたような顔をしたのに気づいてハワードは顔を赤らめた。心の中で言ったつもりが、口にでてしまっていたらしい。これではよけいに格好が悪い。
 頭に血が上って、何かわめき散らしそうになったハワードより先にベルが口を開いた。
「カオルは、足が速いし、身軽だから、トビハネを追いかけていけるけど、俺には無理だ」
 タイミングを失った口を小さく開けたり閉めたりしながら、ハワードはベルを見上げた。
「だから、いつもこうしてカオルがトビハネを見つけてくれるのを待ってるんだ。同じようにはできない」
 ベルはハワードと視線を合わせて穏やかに微笑んだ。
「ハワードも、ハワードのやり方を考えたらいいんじゃないかな」
 ハワードは言葉に詰まった。ベルのくせに生意気言うなと怒鳴りつけてやりたいような気もするのだが、声が出ない。代わりに出たのはふてくされたつぶやきだった。
「僕のやり方ってなんだよ」
 するとベルの眉が下がった。困ったように首をかしげて、うーんとはっきりしない声をたてている。
「そうだね、何か、ハワードでも扱いやすい道具を考えるとか」
 とかってなんだよと、不満げな視線でベルの顔をにらみながら、ハワードの機嫌は少し直っていた。
 そうだ。そもそもあのレーザー銃があんなにすぐにエネルギー切れになるから悪いのだ。あれさえあれば今頃自分は両手一杯の獲物を抱えていたはずなのだから。
 早速レーザー銃に代わる何かを考えなければなと、ハワードは胸の内で大きくうなずいた。

終わり

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