第八話 生きるために大切なこと

 火の番をしていたベルは波打ち際に打ち上げられたゴムボートに気づいた。
 拾い上げてみるとあちこち穴だらけになっていた。流れているときに岩にひっかかったりしたのだろう。一際大きな穴はメノリとハワードを襲った大海蛇がかみついた痕だ。今思うとよく助かったものだ。海蛇の舌の感触を思い出して身震いをしたベルの後ろからあくびまじりの声が聞こえた。
「ベル、何やってるの?」
 振り返ると眠そうな顔をしてシンゴが立っていた。
「シンゴ。まだ暗いのにどうしたの?」
「ハワードの寝言がうるさくて」
 シンゴはそう言いながら目をこすりあくびをした。
 大きく開いたシンゴの口に、毎晩毎晩の変化に富んだハワードの寝言を思い出しベルは笑った。今夜は何を食べているのだろう。
 シンゴはもう一つあくびをすると、眠気を払うように何度か首を左右に傾けた。
「ベルが持ってるのって、ゴムボートだよね? どうしたのそれ」
「うん、浜に流れついてたんだ」
「やっぱり潮の流れがこの浜に向かってるんだ」
 シンゴはベルの持つゴムボートをしげしげとのぞき込んだ。
「どうするの、これ」
「何かに使えないかと思ったんだけど」
「こんなに穴が開いてたんじゃ、もうボートとしては使えないよね」
 二人して首をひねる。
「そうだ!」
 そうして二人でうーんとうなること数瞬、シンゴが明るく声をあげた。
「池をつくるっていうのはどうかな」
「池?」
「うん、穴を掘って、その底にこれをしけば、水をためることができると思わない?」
 シンゴの提案をベルは少しの間検討して笑顔でうなずいた。
「それはいい考えだね」
「ね?」
 シンゴが高く指を鳴らした。
「そうすれば、毎日水くみに行かなくてすむし」
「そうだね」
 ベルも大きくうなずいた。
 つい最近も水くみのために二人で湖まで往復したばかりだ。強い日差しと湿気の中、三時間も歩かなければならない水くみは、それだけでへとへとになってしまう大仕事で、当番が回ってくるたび顔がひきつってしまうというのがみんな正直なところだった。だから要領のいい者と悪い者とで、というより図々しい者とそうで無い者とで水をくみに行く回数に差ができるということもある。
 だからシンゴはこう続けた。
「そうすれば、ベルもハワードに水くみ当番押しつけられることが少なくなるしね」
 からかうようなシンゴの口調にベルは苦笑で答えた。
「そうかな」
 頼りなげにも映るベルの笑顔にシンゴは軽くほおをふくらませた。
「ベルは人が良すぎるよ」
 その言葉にもベルはただ笑った。それを見てシンゴも肩をすくめて笑った。そんなところもベルのいい所なのだということは、それなりに長くなってしまったこの島での生活の中で、シンゴにもわかってきていたからだ。
「それじゃあ、僕、池を作るのにいい場所を探してくるよ」
 そう言って森の方へ足をむけたシンゴをベルはあわてて呼び止めた。
「まだ暗いし、もう少し寝ていた方がいいんじゃ」
 心配そうなベルの言葉にシンゴは口をとがらせて首をふった。
「どうぜハワードの寝言はまだ続いてるよ」

終わり

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