第三話 ほんものの風、ほんものの海

 軽く、慣れた衝撃が船長にワープの終了を告げる。目線で促すまでもなく、通常通り報告が始まる。
「ワープ終了。目標座標に到達」
「重力嵐は?」
「完全にその影響圏から離れました。船体、船内とも影響ありません」
 ほっと室内の空気がゆるんだ。突如発生した重力嵐で航路の変更を余儀なくされたが、どうやら無事にきりぬけることができたようだ。
 しかし、続く報告がそのゆるんだ空気をひきさいた。
「脱出用シャトルが一機足りません!」
「なんだと!?」
 重力嵐から逃れるために緊急ワープを選択した際、万一の事態に備えて乗客を分乗させた脱出用シャトル。それが足りないということは……。
「状況は!?」
 責めるような船長の問いに、必死でコンピュータを操作しながらオペレーターの一人が答える。
「わかりません。本船からの切り離しの指示は出ていないのですが、脱出用シャトルの方で何か異常が起こったのか……」
「誰が乗っていたシャトルが足りないんだ!」
 要領を得ない部下の返答に、舌打ちはこらえたが、声は荒くなる。
 今回乗せた乗客の数は、このシャトルの座席数と比べると若干の余裕があった。全ての脱出用シャトルに乗客を乗せたわけではない。一縷の望みをかけた問いではあったが、返ってきた答えは望んだものではなかった。
「……ソリア学園の生徒です。氏名まではわかりませんが、男女7名」
 ぎり、と歯がなった。
「さっき、脱出用シャトルの方で異常が起こったのかもしれんと言ったな」
「はい」
「出航前に何か、異常の報告はあったのか?」
「いえ。出航前の点検では何も異常の報告はありません」
「そうか」
 目を閉じて呼吸を整える。
「ワープをやり直して、先ほどの地点まで戻ることは不可能なのか?」
「ワープ自体は可能ですが、重力嵐も移動していることが考えられますので、ワープ先の安全な座標を設定することができません」
 自分に集中している部下達の視線に答えるように、一人一人の顔に視線を落とす。判断と決定が船長の仕事だった。
「一番近いステーションに向かえ。通信が可能になった時点で、重力嵐に関して連絡し、警報と行方不明のシャトルの捜索を依頼するんだ」
「了解」
 部下達が指示通り動き始めたのを確認して船長は席を降りた。そして近くにいた副船長に告げる。
「乗客を座席に戻し、行き先変更を連絡しろ。そしてソリア学園の責任者の方を船長室にお連れするんだ」
「はい」
 深く息をついて、船長室に向かう。その背中を冷たいものがいくつも転がり落ちる。決して短くはない自分の航行人生の中で、これは最悪の事態になりそうだった。

「……次のニュースです。先日、修学旅行中のソリア学園の生徒7名が行方不明になった事故で、彼らの乗っていた脱出用シャトルの装備に不備があったことが判明しました。
 この事故に関して問題の航空会社は、行方不明のシャトルには出航前何の異常もみられなかったと事故の責任を否定していましたが、その後の調査で、このシャトルには備え付けの宇宙服が一つもなく、水と食料もシャトルの収容人員数に充分な量ではなかったなど、法律上必要な装備品がそろっていなかった事がわかりました。
  この件に関してソリア学園と、行方不明の生徒の保護者達は、航空会社に厳重に抗議し、シャトルに本当に異常が無かったのかどうかの再調査と責任の所在を明確にすることを求めています。
  また、この事故で会長の一人息子が行方不明となったハワード財団は、この航空会社との業務提携の見なおしを検討し、調査の結果如何によっては訴訟も辞さない構えをみせております…… 」

終わり

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