後に続けて書く5題
「5:本当は凄く近い所に、答えはあったんだ。だけど、僕はそれを探すことに酷く苦労させられた。」
本当は凄く近い所に、答えはあったんだ。だけど、私はそれを探すことに酷く苦労させられた。
今までの挑戦と挫折を思うとおかしくて笑いがこぼれる。抑えが効かなくてゆるんだままの顔で振り返り、私はチャコにさっき頭に浮かんだ言葉をそのまま言った。つまり、答えは近いところにあったのに、私はそれにたどり着くのにひどく苦労をしたということを。
「はあ? ルナ、いきなりなんやねん」
テーブルにお皿を並べてくれていたチャコは怪訝そうに眉をあげた。チャコがすぐにわかってくれなかったのはしょうがない。自分でもちょっといきなりすぎたかなって思うから。
もう色々とおかしくてくすくすと笑いながら、私は自分のセリフを自分で補足した。
「あのね、チャコと二人暮らしになってから、私もお料理上手になりたくて、結構がんばったじゃない?」
するとチャコはうなずいてくれた。
「ああ、そやな。これからはなんでも自分でせなあかんからって、随分修行しとったな」
けれどチャコはその後、意地悪そうににやりと笑った。
「せやけど、全然うまくならへんから、結局自動調理器の世話になりっぱなしやったなぁ」
チャコは私を怒らせようとしてそんなふうに言ったのかもしれないけど、私も全く同意見だったので、私はちょっと大げさなくらいに勢いよくうなずいて、その言葉を受けた。
「そうなのよね。自分ではがんばっているつもりだったのに、ちっとも上達しなくて、悔しかったなあ」
私が全然気を悪くしなかったのが意外だったんだろう。チャコはちょっと変な顔をして、首をひねった。
「それが、どうかしたんか?」
「うん、そのお料理なんだけどね」
そこで言葉を切って、手元に視線を落とす。今日のメインディッシュは白身魚のムニエル。フライパンの上の二匹のお魚がこんがりと色づいていい具合になったので、私はそれを火から下ろし、上手に焼けたそれをチャコに示しながら続きを言った。
「今は結構上手になったと思わない?」
チャコはフライパンから立ち上る香りに鼻をぴくぴくさせて私の言葉が正しいかどうかを確かめると、片目をつぶってさらにうなずいてくれた。
「せやな。今では立派にお料理上手や。今日の夕飯もうまそうやないか」
「でしょう?」
チャコが押してくれた太鼓判がうれしくて、いっそう顔がゆるんでしまう。ムニエルをチャコが出してくれた二人分のお皿に移しながら思わず鼻歌がこぼれた。
「それで、なんやねん」
「え?」
「そやから、話の続きや。料理上手になったんと、最初の言葉とどうつながんねん」
そうだ、まだ説明の続きだった。
浮かれて自分で持ち出した話題だったのに忘れるところだった。ごめんごめんと頭をかいて、私は説明を再開した。
「あのね、昔あれだけがんばったのに身に付かなかったお料理が、今こうして上手になったそのわけがわかったって思ったの」
「はあ、そうなんか? で、なんやったんや」
首をかしげて私を見上げているチャコに、今度は私が片目をつぶりながら、私がようやく探し出せた答えを言った。
「自分だけじゃなくて誰かのために作るようになったから、よ」
チャコはすぐにはわからなかったみたいだ。きょとんと大きな目がまたたく。それを見ながらまたもこみ上げてきた笑いをためらわずにこぼしながら、私は今日のディナーの仕上げにかかった。チャコが並べてくれたお皿は二人分。ムニエルがのったそれにサラダを盛りつける。あとはスープとパンを持ってこないと。
ちなみにコップは三人分。チャコは魚は食べられないけど、ジュースとデザートは一緒にとるから。
「やっぱり、自分だけのためだと本当にはがんばれないのよね。料理は食べてくれる人がいてこそ、上手になりたいって思うものなんだわ」
そこまで言ったらようやくチャコもわかってくれたようだ。チャコはそういうことかいなと小さくつぶやくと、首をふって肩をすくめた。
「はいはい、新婚さんののろけは独り身には堪えるわ」
「もう、チャコったら」
この言葉には怒ってみせたけど、チャコはまた意地悪そうな笑いを浮かべた。
「失敗ばっかりやったルナも、今では立派なお料理上手な奥さんや。愛の力は偉大やでほんま」
「チャコ!」
私はこぶしを振り上げたけれど、それを振り下ろすことはできなかった。玄関の方で扉の開く音とただいまの声がしたからだ。
「ほら、ルナ。幸せな旦那さんのお帰りやで」
まだそんなことを言っているチャコにお返しをしてやりたいのはやまやまだったけど、私はそれを後回しにして玄関に向かった。そうしてダイニングに入ってきた私の作ったご飯を今日も一緒に食べてくれる人に、私は笑顔でおかえりを言った。
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