後に続けて書く5題 いきなりだが、ぼくは物凄く悩んでいた。どうしてコイツがここにいるんだ? けれどぼくは文句を言ったり笑顔の代金を要求したりすることができなかった。なぜなら入り口の正面に置いた椅子(普段はそんなところにないから、たぶんそいつがわざわざ置いたんだ。)の上で、こちらを見据えているその来客からは、見間違えようもないほどの怒りのオーラが立ち上っていたからだ。 「よ、よう。久し振りだな。いったいどうしたんだ?」 来客は確かにソリア学園の学友には違いなかった。ただし愛しの婚約者ではなく、無愛想な野郎だった。昔に比べればだいぶくだけてきたとは思うけれど、黙ってこちらを見据えてくるその様子には、やっぱりあんまり変わってないのかもと思わせるくらいの力があった。 そういえば面と向かって怒られたことはないかもしれない。 嫌みを言われたことはあるけど、怒るっていうのとはまた別だ。そういやこいつって無愛想で無表情な割に、怒るって事はあんまり無かった気がする。というよりどんな感情でもあんまり表に出なかったっていうか。 ぼくがそんなことを考えている間にも、カオルは何も言わなかった。ただひたすらぼくをにらみつけてくる。カオルが立ち上がる気配を感じてぼくは思わず後ろに下がりそうになった。でも大スターとしてそれは格好悪すぎると、なんとか思いとどまることができた。そうして開けっ放しになっていたドアに気づいて、ぼくはようやくそれを閉めた。 「あれはいったいどういうつもりだ? ハワード」 首をかしげるぼくにカオルは口調を荒げるでもなく淡々と続けた。でもその静かな様子が余計に怖い。 「オレにお前が持たせたあのディスクだ」 思い当たってぼくはぽんと手を打った。 「見てくれたのか。どうだ? 素晴らしかっただろう」 カオルの声が一際低くなった。ゆらりとその背後に黒い炎が立ち上ったのは、必ずしもぼくが見た幻覚だとは言い切れないと思う。 「あの最後の悪ふざけは何だと言っているんだ!」 今度こそ怒鳴られた。 ぼくは友人にぼくのディスクを配るとき、いつも何か一工夫を凝らす。映画のディスクならメイキング映像を添えるとか、そういうことを。友人達へのぼくのささやかな心遣いだ。 「カオルもいいかげんルナにプロポーズしろよな。ぐずぐずしているうちにどっかの馬の骨にさらわれても知らないぞ!」 多分カオルが怒っているのはこれなんだろう。でも、なんで怒ってるんだ? このくらいのジョークならもう何度でもぶつけているはずなのに。 「ははーん。カオル、さてはルナと一緒にいるときにあれを見たんだな?」 やっぱり図星だったらしい。カオルの眉が余計につりあがる。 「それでぼくに当たるのは筋違いだろう? そもそもお前がぐずぐずしているのは確かなんだからさ。これで進展したならむしろ感謝して欲しいね」 けれどぼくの判断は間違っていたらしい。こう言ってやればカオルはそれ以上ルナとのことを突っ込んで欲しくないだろうから、とりあえず引き下がるかと思ったんだけど。 手負いの獣って奴は、ほんとに手に負えないもんなんだな。 憤怒はそのままに激怒したカオルに、ぼくがその後どんな目に遭わされたかは、思い出したくないから語らないでおこう。役者生命に関わる顔だけは死守したけどな。まあ、顔が無事だったのはカオルも暴力に訴えるような奴じゃなかったからだけど。でも暴力より怖いものもあるって思い知ったよ。 だけどでもやっぱり、ぼくがそんな目に遭わされたのは理不尽だと思うんだ。だって、その後しばらくして、ぼくはルナから結婚式の招待状を受け取ることになったんだからな。 ぼくは愛する妻と一緒に、出席と返事をしたためたのさ。 |