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後に続けて書く5題
「3:いきなりだが、オレは物凄く悩んでいた。どうしてコイツがここにいるんだ?」

 いきなりだが、ぼくは物凄く悩んでいた。どうしてコイツがここにいるんだ?
 その日ドラマの撮影を終えて楽屋に戻ったぼくは、扉を開ける前に来客の存在を告げられた。名前は告げなかったがソリア学園の学友だとその来客が名乗ったと聞いて、ぼくは当然愛しい婚約者のことを思い浮かべた。半年前に婚約の整った彼女ならぼくの仕事場にもフリーパスで入れるようにしてある。
 だからとっておきの笑顔を浮かべて勢いよく扉を開けたっていうのに、ぼくはそこに予想していなかった顔を見つけて、その笑顔のまま固まってしまった。この笑顔には百万ダールの価値があるというのにもったいない。

 けれどぼくは文句を言ったり笑顔の代金を要求したりすることができなかった。なぜなら入り口の正面に置いた椅子(普段はそんなところにないから、たぶんそいつがわざわざ置いたんだ。)の上で、こちらを見据えているその来客からは、見間違えようもないほどの怒りのオーラが立ち上っていたからだ。

「よ、よう。久し振りだな。いったいどうしたんだ?」

 来客は確かにソリア学園の学友には違いなかった。ただし愛しの婚約者ではなく、無愛想な野郎だった。昔に比べればだいぶくだけてきたとは思うけれど、黙ってこちらを見据えてくるその様子には、やっぱりあんまり変わってないのかもと思わせるくらいの力があった。
 そのとても歓迎できそうもない来客、カオルはぼくが手を振っても答えなかった。 そもそも挨拶は急に訪ねてきたそいつからするべきだと思うんだけど、そんなことは言えない。だってカオルの迫力といったらもう、とんでもないものだったんだ。
 こいつは昔から無愛想な奴だった。目つきも悪いし雰囲気も暗いし、なんというか怒らせたらやばいと思わせる迫力を漂わせてはいた。でもぼくは、あんまりカオルのことを怖いと思ったことがなかった。なんでだ?と思って、瞬時に一つの解答が浮かぶ。

 そういえば面と向かって怒られたことはないかもしれない。

 嫌みを言われたことはあるけど、怒るっていうのとはまた別だ。そういやこいつって無愛想で無表情な割に、怒るって事はあんまり無かった気がする。というよりどんな感情でもあんまり表に出なかったっていうか。
 怒るといえばメノリだ。メノリにはしょっちゅう怒られたり叱られたりした。メノリも怒ると怖いんだけど、メノリの場合、激怒って表現がぴったりだ。けれど今のカオルの表情に似合うのは憤怒という言葉だろう。

 ぼくがそんなことを考えている間にも、カオルは何も言わなかった。ただひたすらぼくをにらみつけてくる。カオルが立ち上がる気配を感じてぼくは思わず後ろに下がりそうになった。でも大スターとしてそれは格好悪すぎると、なんとか思いとどまることができた。そうして開けっ放しになっていたドアに気づいて、ぼくはようやくそれを閉めた。
 それからカオルに向き直ると、やっとカオルが口を開いた。

「あれはいったいどういうつもりだ? ハワード」
「あれ?」

 首をかしげるぼくにカオルは口調を荒げるでもなく淡々と続けた。でもその静かな様子が余計に怖い。

「オレにお前が持たせたあのディスクだ」
「ああ!」

 思い当たってぼくはぽんと手を打った。
 数ヶ月前、もう半年ほど前になるだろうか。確かぼくの婚約が整った直後だからやっぱり半年前だ。ぼくはたまたまカオルと会う機会があったので、その時にカオルにやったものがある。このぼくのプライベート映像満載のファンディスクだ。映像だけならメールでも送れるんだけど、それをやってしまうとぼくのサインがつけられないから、いつもサインつきケースに収めて謹んで贈呈している。
 カオルは受け取るときにものすごく嫌そうな表情をする失礼な奴だけど、こう見えて結構義理堅いところがあるカオルは、受け取った以上捨てたりはしないことをぼくは知っている。見ているかどうかはまた別なんだけど、さ。
 だけど、今回こうやって話題に出すって事は、少なくともあのとき渡した分は見たってことなんだろう。

「見てくれたのか。どうだ? 素晴らしかっただろう」
「何が素晴らしいだ」

 カオルの声が一際低くなった。ゆらりとその背後に黒い炎が立ち上ったのは、必ずしもぼくが見た幻覚だとは言い切れないと思う。
 カオルがものすごく怒っているということはわかるんだけど、ぼくは正直何を怒られているのかわからなかった。ぼくの映像ディスクを渡すのは今回が初めてじゃないし、サインだっていつもいれているし、だいたいあれから半年もたっているのに、どうして今頃怒られなければならないんだ?
 ぼくがとまどっているのが伝わったんだろう。カオルが眉間のしわを深くした。

「あの最後の悪ふざけは何だと言っているんだ!」

 今度こそ怒鳴られた。
 その衝撃波に体を押されながら、カオルでも大きい声が出せるんだなーなんて思った。こいつが取り乱すところって見たことなかったからさ。
 そんなことを考える余裕が出たのは、カオルが怒っている原因にようやく見当がついたからだ。

 ぼくは友人にぼくのディスクを配るとき、いつも何か一工夫を凝らす。映画のディスクならメイキング映像を添えるとか、そういうことを。友人達へのぼくのささやかな心遣いだ。
 今回カオルに渡したディスクにはぼくからのメッセージを添えておいた。ちょうどその直前に整ったぼくの婚約を報告すると共に、確かぼくはこう言ったんだ。

「カオルもいいかげんルナにプロポーズしろよな。ぐずぐずしているうちにどっかの馬の骨にさらわれても知らないぞ!」

 多分カオルが怒っているのはこれなんだろう。でも、なんで怒ってるんだ? このくらいのジョークならもう何度でもぶつけているはずなのに。
 そう首をかしげた瞬間ピンときた。
 わかってしまえばもう怖くない。まったく、こいつって本当にどうしようもないよな。
 形勢逆転を狙って、ぼくは余裕のポーズを決めながら口を開いた。

「ははーん。カオル、さてはルナと一緒にいるときにあれを見たんだな?」

 やっぱり図星だったらしい。カオルの眉が余計につりあがる。

「それでぼくに当たるのは筋違いだろう? そもそもお前がぐずぐずしているのは確かなんだからさ。これで進展したならむしろ感謝して欲しいね」

 けれどぼくの判断は間違っていたらしい。こう言ってやればカオルはそれ以上ルナとのことを突っ込んで欲しくないだろうから、とりあえず引き下がるかと思ったんだけど。

 手負いの獣って奴は、ほんとに手に負えないもんなんだな。

 憤怒はそのままに激怒したカオルに、ぼくがその後どんな目に遭わされたかは、思い出したくないから語らないでおこう。役者生命に関わる顔だけは死守したけどな。まあ、顔が無事だったのはカオルも暴力に訴えるような奴じゃなかったからだけど。でも暴力より怖いものもあるって思い知ったよ。

 だけどでもやっぱり、ぼくがそんな目に遭わされたのは理不尽だと思うんだ。だって、その後しばらくして、ぼくはルナから結婚式の招待状を受け取ることになったんだからな。
 新郎のところに書かれていた名前に、ぼくは心底腹が立ったもんだけど、宇宙一度量の広い、宇宙一いい男であるこのぼくが、そいつのようにいつまでも小さいことにこだわっているわけにはいかないからさ。

 ぼくは愛する妻と一緒に、出席と返事をしたためたのさ。

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