後に続けて書く5題
「2:勢い良く扉を開けて、案の定な様子に私は盛大な溜め息をつく。」
勢い良く扉を開けて、案の定な様子に私は盛大な溜め息をつく。
半ば以上予想していた事態ではあるが、それで頭痛が軽くなるわけではない。この手の頭痛に悩まされるのは、これでもう何度目のことになるだろう。それを数え上げれば頭痛が増すだけなので、私はもちろんそんなことはしなかった。
ここはまちがいなく、私の私室だ。私の住む家の私の普段使う部屋。そこに私が自分で揃えるはずがないものを大量に見つけた私は、リビングルームに飛び込んだ。
「私の部屋を勝手に触るなと何度言ったら分かるんだ!」
私の出せる最大音量でたたき付けた抗議も、だらしない姿勢でソファに転がる男には効果がなかったらしい。リビングに置いた大画面のテレビに向けていた視線をちらりとこちらにむけて、私の頭痛の原因を作った犯人がにやりと笑った。
「よう、おかえり」
「おかえり、ではない。私の部屋のあれはなんだと言っているんだ」
つかつかとソファに歩み寄り、男の手からリモコンをもぎ取ると、私はテレビの電源を切った。先ほど私の部屋で嫌と言うほど見せられたというのに、テレビでまで見たくはない顔だ。だいたい実物が今目の前にある。
「何って、ぼくの最新作の宣伝ポスターさ。よく撮れているからメノリにもあげようとおもったんじゃないか」
「誰が頼んだ!」
「メノリは照れ屋だから、欲しいって言えないだろ? だからこのぼく手ずから貼ってやったんじゃないか」
「余計なことはするな!」
最大音量を保ったままで叩きつけるようにそう言ってやると、犯人の表情が変わった。自分のしたことを反省するそぶりをまるで見せようとしない、ふざけた態度は相変わらずだが、軽薄な笑いを浮かべていた口を不満そうに尖らせる。
「余計なこと?」
ソファの上であぐらをかき、上目遣いに私をにらむ。
「余計なことなのか? メノリの側にいつもいたいっていうぼくの気持ちは余計なことだって言うのか?」
私が何も答えないでいると、大きなため息とともにさらに大仰なセリフが続いた。
「ぼく達はお互い忙しくて、なかなか一緒にいられないだろ? だからぼくがいない間、メノリがぼくのこと忘れないように、せめて写真だけでもそばに置いておきたいっていう、ぼくのこのけなげで真摯な気持ちをメノリは全然わかってくれないんだな」
言い終わると悲しげに眉をよせ、顔を伏せた。今にも涙がこぼれそうな風情で少女のように可憐なまつげが揺れる。
まったくもって仕方のない奴だ。
何がけなげで何が真摯だ。あきれてものも言えない。
昔から何かと大げさな仕草と言葉を使う奴だったが、ここまで芝居がかるようになったのは明らかに仕事の影響だろう。しかも半分は私の気を引こうと意図的にしていることだが、半分は無意識に出ているようだからタチが悪い。
その上、別に嘘ではないのだ。三文芝居の脚本に載っているかのようなセリフだが、語る内容が本人の気持ちと違っているわけではない。これで嘘でも冗談でもないのだから、本当にタチが悪い。
このまま放っておけば、ずっと愚痴とあてつけをこぼし続けるのだろう。
まったくもって仕方のない奴だ。
私が黙っているのは、流れるセリフに感動したからではなく、いや増す疲労感に何を言う気も起こらなかったからだ。しかしこのまましゃべらせておくのもうっとうしい。私も盛大にため息をついてみせながら、なんとか重い口を動かした。
「私がお前のことを忘れるわけがないだろう」
ぴょこんと、金の髪をゆらしながら奴が顔をあげた。じっとこちらを見ている目がやけに嬉しげなのが憎々しい。まるで餌を前にした子犬のようだ。
「たとえ銀河の端と端にわかれても、お前のことを忘れたりはしない」
こんなに手のかかる子供を忘れろと言う方が無理な話だ。
後半は私の胸の内だけでこぼしたので、奴は私の言葉に満足したようだった。愚痴とあてつけがぴたりと止まる。こぼれそうだった涙など、最初から無かったかのようだ。いや、実際最初から無かったのだろう。
ぱたぱたとしっぽと耳が揺れるのが見えた。このまま嬉しがらせだけで終わるのも悔しいので、私は口の端を持ち上げて付け加えた。
「それとも何か? お前は写真の一つもなければ私のことを忘れるというのか?」
「そんなわけないだろう!」
即座に返ってきた言葉に、満足げにうなずいておいて、私は釘を刺すことも忘れなかった。
「だから私の部屋にお前のポスターを貼るのはやめろ」
必要ないだろう? と念を押しておいたのだが、次の出張から戻ってきた私の部屋がどうなっていたかは、まあ想像の通りだ。
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