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「ねえ、ベルどこにいるか知らない?」

 仕事に使っていた道具を片づけてる時に、ルナの声が聞こえて、ベルは顔をあげた。どうやら自分のことを探しているらしい。ベルはそっと眉を寄せると声のした方へ歩いていった。
 眉を寄せたのは、ルナと顔を合わせるのが嫌だったからではない。
 ルナの声が随分と固いものだったので、何かあったのではないかと心配になったのだ。

「呼んだかい? ルナ」

 声をかけるとルナがこちらを向いた。その表情もやはり固く、ベルの眉間のしわはより深くなりかけたのだが、ベルはそれを押しとどめ笑顔を浮かべた。何かあったのなら、自分は落ち着かなければと思ったのだ。
 するとルナは黙ってベルを見上げてきた。呼んだ理由を話そうともしない。
 よほど言いづらいことがあったのだろうか。
 ベルの不安と心配は募ったのだが、ベルは辛抱強く笑顔のままルナの視線を受け続けた。
 しかしあまりにルナの沈黙が長いので、さすがのベルの忍耐も尽きかけ、ベルの方から何があったのかとそう尋ねようとしたそのとき、ふっとルナの視線と体から力が抜けた。強ばっていたルナの肩がやわらかく下がり、大きく息を吐き出した後で持ち上がったその顔もまたやわらかい笑みを浮かべていた。

「ごめんね」

 ようやく聞けたルナの言葉は、にっこり笑顔を添えられた謝罪だった。謝られる理由が、というよりそもそもここに至るまでの事情がわからず、ベルは目をしばたたいた。
「何か、あったのかい?」
 なんとか先ほど言えなかった問いを投げかけてみたのだが、ルナは屈託無く笑顔を重ねて首を振った。

「たいしたことじゃないの。ただ、ちょっとベルの顔が見たくなって」

 言われたのが今でなければ赤面もののセリフなのだが、頭の中が疑問符で一杯になっているベルにとっては、それはさらに疑問符を追加するだけのものでしかなかった。

「ごめんね、邪魔しちゃって」

 結局ルナは何の説明もすることなく去っていった。ベルは首をひねりつつ片づけに戻った。
 何が何だかよくわからなかったが、しかし、まあいいかとベルは思い直した。自分がどう作用したのかまったくわからないが、ルナの表情が明るいものに戻っていたから、もうそれでいいとベルは思った。

 だが、ベルの困惑はさらに続いた。

「ねえベル。今いいかしら?」
「ベル、ベルはいるか?」

 どういうわけか、尖り気味の声で女の子達が自分を探すので、

「何か、用かい?」

 と顔を出してみれば、

「ううん。用はないの。でもありがとう」
「いや、すまない。用というほどのことではないのだ」

 そんなふうに何の用件も告げられずに終わるということが、その後何度もあったのだ。これだけ続くと、まあいいかなどと悠長なことも言っていられず、どういうことかとかなり真剣に理由を尋ねたりもしたのだが、女の子達はいつも答えを濁し、はっきりとしたことは何も教えてくれなかった。

「カオル、俺何かしたかな…………?」
 力なく肩を落としてつぶやいたベルに、問われたカオルは気の毒そうな視線を向けた。しかしベルの問いに対する答えをカオルは持っていなかったので、カオルにできるのは心のこもった視線を送り続けることだけだった。

 

「やっぱり、ベルが一番よねー!」

 ベルの悲哀をよそに、女の子達の方は絶好調で、上機嫌だった。
「仕事がうまくいかなくて、くやしくてたまらんときでも、ベルのあの笑顔を見たらほっとするわー」
「まるでおひさまみたいよね」
「弥勒菩薩だな」
 そんなふうに様々にベルの笑顔のすばらしさを形容し盛り上がる。

 ベルの受難は、ストレスの多いこの惑星での生活が終わるまで――終わってからも彼らの付き合いが続く以上は続いたそうだ。

癒しといえばベルでしょう。
彼の笑顔に癒されたのは私だけではないはずだ。
なのにこんな不幸風味の話でごめんね、ベル。

 

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